紡ぎデモンストレーション

昨日は糸紡ぎのために鎌倉へ行ってきた。
場所は、鎌倉駅から徒歩10分程のところにある「匠」というお店。
お店のある通りは、鎌倉八幡宮へ続く若宮大路や小町通りとは線路を挟んで反対側にあり、静かな住宅街。人通りは少ない。それでも、10mほどおきにぽつんぽつんと洒落たブティックや雑貨屋さんがあり、通りの途中に有名な銭洗い弁天・源氏山公園への入り口があるので、地図を持った観光客が時々通り過ぎる。
お店の玄関前は車1台分くらいのスペースがあり、そこに紡ぎ機を置き、通りに面して座る。
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先週教わったように、足、右手、左手に気持ちを集中して紡ぐ。車部分は眠り姫に出てくるようなものと違うが、動く原理はまったく一緒で、下のペダルを踏みながら、上のボビンで巻き取っていく。(下にある2つのボビンは紡ぎ終わったもので、紡いだ2本の糸をもう一度撚る時に使うらしい。)
前回とは違って少し気持ちに余裕もあり、しかも時々通りを歩く人が立ち止まって見学、「これって糸を紡いでるんですよね?」「難しそう!」「お上手ですね」と声をかけてくれるので、楽しい。遠足の小学生たちも「こんにちわ」と挨拶して通り過ぎる。やわらかい日差しの中で糸紡ぎ・・・・ああ、とてもいい気分。途中仲間と交代しながら、6時間はあっと言う間に過ぎた。
私が初めて紡いだ毛糸-結構いい線いってるんじゃない?
来週はマフラーにとりかかる予定。
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55歳の決心

手織りを習い始めたのは去年の今頃だ。その数ヶ月前、私の誕生日が過ぎた頃から、「このまま漠然と年取っていっていいのかなあ」と思い始めていた。その時ちょうど55歳。ぞろ目。何か新しいことを始めるのにも縁起がよさそう。 でも私にできる新しいことって何? 今後ワクワクしながら続けられること。 昔からやりたいと思っててできなかったこと。・・・ずっと自問自答する中、ふと思い浮かんだのが手織りだった。
「お金かかりそう」「場所とりそう」の2点でずっとあきらめていたことを思い出した。「お金」は塾のアルバイトで貯めたものがそのまま使わずにおいてある。毎月お給料が振り込まれるたびに、娘のところへ行ける回数がまた増えたと思いながら貯めたもの。単純に計算して娘のところへは20~30回は行ける額。死ぬまで毎年行けると思うだけで安心感があった。でもこの際、思い切って自分のために使おう。「場所」は息子が使っていた部屋がある。広くはない我が家、「将来息子・娘がその家族を連れてやってきたら、どうなるんだ、いる場所がないよ。」とも考えたが、1年に数日(将来はもっと少なくなるだろう)しか来ない人たちのために、部屋を空けておくのはもったいない。来たときだけ、スペースを作ればいいんだから。え~っい、決めた!
月謝も、織機も自分の貯金で払うつもりだが、やはり夫には承諾してもらわねば・・・
「私ってこれまで、着物やブランド品、宝石とかの類を買ってほしいなんて一度も言ったことないよね。世の中にはそういう奥さんって結構いるみたいよ。宝石の値段と比べれば、織機の50万円は決して高くないよね?」このせりふで、相手はぐ~っとこちらに傾いた。
夫も定年まであと2年。夫だってきっと昔やりたいと思っていて出来なかった何かがあるはず。
その時がきたら、決して反対しないと心に決めている。にこにこと「どうぞどうぞ、やってください。応援するよ。」と言ってあげたい。

今週のその他

夫はジョギング(30km)に出かけているので、帰ってくるまでの間にすこしだけ。
夕べ、やっとバジルソースを作った。もうバジルの葉っぱが黄色くなりかけていて、あわてて作るところはやっぱり私らしい。
オリーブオイルとバジルの分量はかなりいい加減。でもすごくおいしかった。
数日前買ったクレイジーソルト(600円は高い)で塩味をつけたのもプラス効果。salt
マルタイ棒ラーメン
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数年前、山でこの棒ラーメンを作って食べている人を見かけ、かさばらなくていいなあと思ってた。
その頃我が家の近くのスーパーには売ってなくてあきらめていたが、去年ふいと現れ、思わず4個ほど買った。どういうわけか不定期にしか売られていない。
私は特に九州味(白いとんこつスープ)が好き。マルタイは九州にある会社だからなのか、とてもおいしい。
これって全国区なのかどうかわからないが、結構ファンが多いよう。

喜ぶ顔を思いながら・・・

これまで、子供たちに対して、できるだけ「痒いところに手が届かない」親であるように振舞ってきた。そのおかげかどうか、子供たちは二人とも現在海外に住んでいる。メールや無料インターネット電話のおかげで、コミュニケーション不足はないが、時々は「ありがたい親の存在」を示したくて、物を「送る」。
息子は上海に住んでいる。一時帰国も度々あり、向こうでは日本食材も不自由なく手に入るので、送るものと言えば、彼が帰国の際の忘れ物が多い。
一方、娘が住んでいるのはスウェーデンの南端にあるマルメ。そこは、日本人も少なく、日本的な料理をしようと思うと中国人か韓国人経営のお店で調達するしかない。娘もスウェーデンで日本的生活を送ることはほぼあきらめていると思われるが、それだけに、日本から送られてくる品物はきっと「有難い」はず。
この間から娘のために織っているウールマットがそろそろ出来上がりそう(のこり20cmほど)なので、一緒に送る品物のことを考え始めている。
一度には思いつかないので、台所の隅にダンボールを常時置いておき、「彼女が喜びそう」な物に出会うと、買ってポンポン入れていく。
今まで送ったことのあるものは、
 アクエリアスの粉末・炉端漬け・煎餅・ラーメン(中華三昧)・紅しょうが・即席漬物用調味料・うどんなどの食料品の他、
 お雛様・着物一式・化粧品・ファッション雑誌 など
国内であれば、畑の収穫物やら、果物やらの生ものも送ってやりたいのだが、海外となればやはり乾物類が多くなる。ところがお茶・海苔・椎茸などは日本人友達からおすそ分けをもらったりして、十分間に合っているようだ。むしろ「ちょっと重いかな」とためらうようなものが喜ばれる。
(そういえば、昔我々がニューヨークに住んでいたとき、日本への出張から戻った夫の上司に「どら焼き」をいただいた時の感激は今でも忘れない。)
現在段ボール箱に待機中の品物は
「マルタイ棒ラーメン」と紅しょうが(2度目)
紅しょうがはスウェーデン人の彼が気に入っているらしい。棒ラーメンは、昨年暮れ、娘と彼を伴い大山1泊登山をしたとき持参して好評だったもの。娘たちには「登山+ラーメン」がインプットされたらしく、彼らがこの夏オーストリアを旅行したときも、この棒ラーメンを持って行き、その写真も送ってきてくれた。
いまのところ娘からのリクエスト品はなく、多分聞いても、少し控えめに言ってくるだろう。
ダンボールがいっぱいになるにはまだまだ余裕がある。しばらくの間、自分用と娘用の2つのアンテナを使って買い物を楽しもうと思っている。

プールネーム

水泳教室で、ちょっと不満に思っていることある。
それは一緒に泳いでいる仲間の名前を知らないことだ。知っているのはほんの一部だけ。
 
私が通い始めた頃、まずレッスンが始まる前に、自分の選んだレッスン名の小さな箱の中にメンバーズカード(写真付き)を入れる。レッスンが始まると、まず先生はそのカードを一枚ずつ取りながら名前を呼ぶ。最初は誰が誰さんかすぐにはわからなかったが、何度か繰り返していると自然に覚え、お互い名前で呼び合うことができた。
 
ところが1年半ほど前から「個人情報保護」とか言って、カードは入れなくてもよくなった。従って名前も呼ばれなくなり、その後新しく入って来る人の名前は、直接本人に聞かない限り知る機会がなくなった。
「あの人、バタフライが上手なのよ。」
「えっ、どの人」
「ほら、あの割と小柄で、色白で、ぽっちゃりしてる人」   外見の特徴か水着の模様で説明することしばしば。
 
みんな名前を知ってほしくないのだろうか。ほとんどプールでしか会わない人たちだから、どうでもいいって言えばその通りなのだが・・・。
そう言えば、電話帳の個人名版に名前を載せない人が増えているし、小学生は登下校時、名札をはずしたり裏返しにするよう指導する学校が増えている。
「名前を知ってもらう」プラス面より、危険度の方が高いからだそうだ。
 
実は、私を名前で呼んでくれる人はかなり多い。
やはり通い始めた頃、先生の点呼はみんなと一緒で一度きりなのに、私の名前を呼ばれる頻度が他の人より何となく高いと感じていた。
先生は他の人には「あの、もう少しお腹を引っ込めて」と言うのに、私には「○○さん、もう少しお腹を引っ込めて」となり
仲間も「あなた」とか「ねえねえ」じゃなく「○○さん」と必ず名前で呼んでくれる。私はまだ仲間の名前ちゃんと覚えてないのに・・・??。
しばらくして理由がわかった。私のスイミングキャップだ。 息子が高校生時代学校で使用していたものを、そのまま使っていたため、キャップにははっきりと○○と名前が書いてあったのだ。
 
「みんな名前を見えるところにつけようよ」と呼びかけているのだが、まだ名前つきキャップを目にしていない。そう言う私もその後何度か新しいキャップに替え、色も黒っぽいので名前はつけていない。今度買うときは絶対名前が書ける明るいキャップにしようと思っている。
今度は苗字じゃなく、プールネーム「Yuko」でどうだろう。

糸つむぎ初挑戦

手織り教室で、初めて糸を紡いだ。
洗浄・カーディング(紡ぎやすく毛を梳くこと)を済ませた柔らかいフワフワ状態の羊毛を、「眠り姫」に出てくるような糸車で紡ぐ・・・子供の頃憧れていた作業。ところが、何せ初めてのことで、まったくうまくいかない。右足でペダルを踏みながら糸車をまわす。両手で糸車に繋いだ糸を持つ。左手はまだ撚れていないふわふわ状態で、右手は糸に撚れていく状態。右手の指先で、回転しながら撚れていく糸を少しずつ案内穴に送る。左手の羊毛は右手方向に引っ張られるので、手は逆方向に引く動作をする。(ああ、書いて説明するのはむずかしい。) 手に集中すると、足が止まる。右手に集中すると左手が止まる。
ああ、私ってこんなに不器用だったっけ・・・
先生と生徒仲間のNさんがそばで機織りしながら会話をしている。聞こえてはいるものの、反応できない。ほぼ1時間、ほとんど沈黙状態で悪戦苦闘。紡いだ糸は、いちおう一本の糸になってはいるものの、ものすごいでこぼこ状態。こんなの糸として織れるのか疑問。
 
今週・来週にかけて、先生の作品展示会が鎌倉で開かれており、私は次の月曜に糸紡ぎデモンストレーションの係りを仰せつかった。「ええ、こんなへたくそでいいんですか?」と聞いたら、先生曰く「あら、初心者の人がやっているところをお見せするのもいいんじゃない?」  心の広い先生でよかった。  
 
手織りを習おうと思ったとき、頭にあったのは、「機織り」オンリー。ところがこの手織りの世界も奥が深い。織りはもちろん、染め、糸紡ぎ全部をこなして一人前らしい。もちろんそれぞれの分野のプロ、職人の方たちもいるが、我々のような趣味の手織り人たちは、欲張りにも全部楽しむのだ。(織りをやっている人の中には、綿や染色用の藍を畑で育てている人、羊を飼ってる人までいる。) 高じればすごいことになる。 
 
まだ入り口に立ったばかりで、行き着くところがどこなのか皆目わからない。初挑戦はまだまだ続く。 

もったいない

私は、母や姉から時々「あなたは、ケチだからね」と言われる。ケチというと何だか卑しいので、倹約家と言って欲しいのだが。
滅多に高価なものは買わないし、子供たちが小さい頃の衣類は手作りだったし、最近は母の着物をリフォームして素敵に蘇らせたりしているので、多分彼女たちはその「褒め言葉 」として「ケチ」と言ってくれているのだと勝手に解釈している。
昨日、コーラスのティータイムで。
コーヒービンの残りわずかな粉をスプーンを入れて、一生懸命すくおうとしている仲間を見て、
「わたしだったら、ビンの中にお湯入れちゃうかも・・。」と、恥も外聞もない私のやり方を披露すると、
「私は、マヨネーズはさかさまにするのはもちろん。最後は容器を切っちゃう」
「そういえばケチャップって最後まで使い切らないうちに、賞味期限きてしまうよね。」
「あ~ら、だから私はお弁当用のちっちゃいの買うわよ。」
「お刺身についてるわさびとか、ラーメンのスープも余ると取っておくわ。」
「お味噌の容器を冷蔵庫の保存容器として使ってる」・・・・
たった5分ほどだったが、主婦の倹約自慢で盛り上がった。
最近、「もったいない」精神が広がりつつあるものの、新聞のちらしやTVコマーシャルが消費意欲を刺激しようと毎日押し寄せてくる。かなり圧迫感を感じる。
私が好きな、刺し子やパッチワーク、裂き織りは、貧しくて新しい布を買えなかった庶民が、時間と愛情だけはたっぷりかけて産み出した民芸品だが、「もったいない」精神の傑作と思う。これらに心惹かれるのも、ついに手織りに手を染めてしまったのも、消費万歳、便利・スピード万歳に対して心が抵抗しバランスを取ろうとしているからかもしれない。
私の「もったいない」から生まれた手織り作品が下の写真。
布を織る際、始まりと終わりの部分で経糸が20cm~40cmほど余る。それらを全部捨てずに1本1本繋いで織った。結び目のでこぼこが、手紬風で思っていたよりずっと素敵に仕上がった。「誰にプレゼントしようかな?」と思っただけで、ワクワクする。
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明るい食卓

日曜日、食卓を照らすペンダントを新しいものに取り替えた。
随分前からスイッチの接触が悪く、「危ないから、もう取り替えたら?」と再三夫に言われていた。
今住んでいる家が新築された時取り付けられたものだから、もう30年近く我が家の食卓を照らし続けてくれた。少し愛着もあったが、思い切って処分。
その夜一晩だけだったが、照明のない食卓はやっぱり物足りなかった。
翌日、ホームセンターで、シンプルなものを購入。即、取り付けにかかったところ、コードの長さが合わない。プラグを付け直おそうと、再びホームセンターへ。ところがそのプラグも合わない(よく考えて選ばなかった)。またまたホームセンターへ。夫も私もぴりぴり状態で、お互いをなだめながら、取り付け完了。
付属品で付いていた電球は100w(パナボール)。これまで60wの電球を使っていて、それで十分と思っていた。
ところが、当たり前だけれど100wは何と明るいこと!  この日の夕飯は今までよりもおいしそうに見え、おかげでさっきまでぴりぴりしていた二人の機嫌もどこへやら。電球1個でちょっと幸せな気分になれた。 やっぱり明るい食卓はいい。
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歌う

上の子が幼稚園の時、下の子をおんぶしてママさんーコーラスに参加していた。
「おんぶしてまで・・」という声が耳に入り、へこんだ時、「かゆいところに手が届くような育て方より、お母さんがいつもハッピーな笑顔をふりまいてる方が、子供にとってずっと幸せなんじゃないか」と夫が背中を押してくれた。コーラスの楽しさを知ったのは高校の時だが、今の「歌う」原点はやっぱりこの時だ。以来、コーラスをずっと続けている。週1度の練習は、私の右脳の運動日。
 
昨年、ママさんコーラスとは別の、あるグループに誘われた。
家族全員○○音大卒の「K」一家。お父さんは中学の音楽教師、お母さんは数箇所のコーラス団体を指導、長男はすでにプロの声楽家、次男はその卵。その音楽一家がファミリーアンサンブルを作り、我々のコーラスグループと同じく、毎年行われる市の合唱祭に出場している。ところが、昨年は長男さんの本業の本番が重なることが数ヶ月前に判明。そこで、ピンチヒッターとして、私にお声がかかったのだ。
 
「素人の私が、そんな・・・」とびびっている私に、「大丈夫よ、家族みんなが賛成してるから」とKさん。
実は、このKファミリーのお母さんは、幼稚園コーラスで共に子供連れで参加していた仲間。
そして現在は我がママさんコーラスグループの指導者でもある。で、結局引き受けてしまった。(本当に頼まれると断れない性格)
 
本格的に声楽の勉強なんかしたことがない・家族だけの素晴らしいハーモニーを壊してしまいそう・みんなの足を引っ張ってしまうことになりはしないか・・・不安はいっぱいだったのに、練習が始まってみれば、おもいやりいっぱいのK家族に励まされて、すっかりグループの一員に。
幼稚園でワ~ワ~、ギャーギャー泣いたり笑ったりしていたKファミリーの子供たちは、すっかり大人になっていて、私をやさしく指導・励ましてくれる。「老いては子に従え」とあきらめ半分に人は言うけれど、頼もしい子供たちに手を引かれるのはむしろうれしい。
私には階段を一挙に3,4段上がるようなレベルなのだが、それでも楽しいと思わせてくれるKファミリーに本当に感謝している。
 
だから、家で練習がてら、よく歌う。
ピアノで音を確認しながら歌ったり、CD鳴らして一緒に歌ったり、new walkmanつけて歌ったり(もちろん家の中で、窓締め切って)。
そして車の中でもよく歌う。(実はここが一番歌いやすい)
一人で車を運転しながら、大きな口をぱくぱく開けているおばさんがいたら、それは私です。
 
 
 

今週のその他

今週、ふと思って、でも書けなかったことを、簡単に。
 
木曜日、漢字教室で先生初体験。
生徒は2人。フィリピン出身の女性(滞日1年)とボリビア出身の男性(滞日3年)。
二人とも漢字教室は初めて。先生も生徒も初めてで、いったいどうなることかと不安に思いながら、とりあえず、
漢字検定10級のテキストを使いながら始めた。以前、塾で小学生や中学生を教えていたことがあったので、
度胸だけを頼りに、何とか1回目は無事に終わった。
テキストに「下」という字が出てきた。書くのはいとも簡単。でも外国人にとってこの読み方を覚えるのは難しい。
  下・・・ 「木の下」  「川下」   「下が(げ)る」 「下る」  「下りる」 「下校」 「廊下」
英語を覚える方がずっと簡単に思えてくる。
 
この日、久しぶりに実家に電話をする(携帯で)。特に用件はなく、ただ声を聞こうかなあと思って。
最初に父がでる。
「元気?」
「おお、そっちは息災かね?」
「うん。このところ、お天気良くていいね」
「ああ。おい、代わるぞ」
とすぐに母に代わる。母とはその後3~40分だらだらと話した。父との会話は続かない。
 
夫も同じ。
娘との会話はたいてい1時間を超える。でも夫は、一度も割り込んだことはなく、話したい素振りも見せない。
ただにこにこと娘と会話している私を見ているだけ。
「娘との会話って苦手?」と聞くと
「う~ん。おまえみたいにだらだら話せない。」
 
多分、「お父さんに、○○について意見を聞きたいとか相談したい」って言えば、喜んで受話器取るのだろうけど・・・・。
 

私のアイコン

このMSNのブログでは全員表示アイコンを持っていて、慣れてくるとアイコンだけで○○さんとわかる。
青い人形のままの人も結構いるのだが、やはり写真やイラストのアイコンは、その人のこだわりを連想させてくれて楽しい。
ブログを始めたばかりの頃、コメントをくれた人のアイコン見て、「ロック系の若者?」と勝手に思い込み、コメント返さなかったことがある。
(もちろんあの頃は、恐る恐るやっていたので、コメントを返す余裕もなかったのだが。)
小さいアイコンだけど、影響がないわけではない。
私のアイコンは花。
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実はまったく花を選ぶような柄ではないのだが、「顔付き写真」はもちろんいやだったし、自分の趣味に関する写真ははたくさんありすぎてこだわりの一枚を選ぶのは難しく、まあ「花」だったら如何ようにも想像してもらえると思って、フォルダに一枚しかない花の写真を選んだ。
去年槍ヶ岳を登ったときに撮った写真で、名前はまったく知らなかった。
夫に「花の名前くらい知っといたほうがいいんじゃないの?」と言われ、調べた。
「ミソガワソウ」(味噌川草)
カタカナで書くとわからないが、なんで「味噌」とついちゃうの?  イメージ崩れる。
なんでも、木曽川の支流の味噌川付近に多く見られた事からついた名前だとか。
地名だから仕方がない。私の実家のある地域名は「味噌屋町」なので、これも何かの縁だろう。
アイコンはとても小さくて老眼の私にはよく見ないと何の写真かわからなかったりして、こだわりのスペースが小さすぎると思うのだが、それでもコメントを下さる方のアイコンを毎日クリックしていると、その人のブログで感じる雰囲気とアイコンの写真がしっくり結びついてくるのは不思議なことだ。

 

パッチワーク

パッチワーク仲間(6人)の集まりを、もう10年近く続けている。
最初は元気もよく、「キルトを通じて国際交流しよう」と市の姉妹都市Lawrence(Kansas)を訪問したりもした。
だが年を重ねるうちに、勢いもなくなり、最近は集まっても、活発に動くのは手より口。
しかも話題はキルトの情報交換はちょっぴりで、親の介護だったり、熟年離婚だったり・・・、そうそう孫の話も増えてきた。
それでも、年1度の公民館まつりには作品を出そうねと励ましあって何とか続いている。
私の来年の出品予定は写真の作品。
いつの日か、この「あいうえおキルト」が役に立つと喜んでもらえる日を夢見て・・・。
でも、このところちっとも進んでいない。
締め切り前日までチクチク縫った去年の苦い経験から、今年は早目にとりかかったはずなのに、この数ヶ月ず~っとこの状態のまま。
いい加減、このキルトにも愛情を向けてやらねば。
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使わない携帯電話

いつものように、携帯電話会社からの請求書兼領収書が来た。
夫と二人分で4924円。契約には夫々500円分の無料通話分がついている。
が、夫が使ったのはたったの98円。そして私は何と0円。一度も使わなかった。
ほとんど5000円近くを毎月無駄にしている。この案内が来るたびに、私だけでも止めた方が
いいと思っているのだが・・・。
 
携帯を持つようになってから随分経つのに、未だにメールもスムーズに打てない。
昨日も手織り教室で携帯メールの「できない自慢」に花が咲いた。
私; 「この間、上京していた両親が北陸へ帰るのを東京駅で見送った後すぐに、実家の姉に
『無事電車に乗りましたよ』というメッセージを送ろうと思ったのね。
リアルタイムで伝えたかったのに、時間かかっちゃって送信できたのは、東海道線のH駅から
自宅までのバスの中だったのよ。」・・・つまり1時間以上かかったということ。
先生(最近携帯を購入); 「あらあ、パソコンに強いYukoさんでもそうなのお~? 何だか安心するわ。」
 
パソコンが強くても携帯はどうも苦手。
外に出る回数も減り、仕事もしていない今の生活に、携帯電話はほとんど必要がない。
でも万が一の時のために・・・とずるずる。
 
事実、時々だが、本当に持っていてよかったと思うことがあるのだ。
外出中、娘とのスカイプ開始時間までに帰宅できないとわかった時だった。
どうしよう、スウェーデンまでどうやって伝えようとあせっているとき、ふと、携帯でメールを打てばいい
ことに気づき、電報のように簡単な文章を打ち込んだ。
「外出中。スカイプ1時間遅らせて。」
相変わらず時間はかかったものの、開始時間までには送信でき、幸い娘も読んでくれたようで、
その後1時間遅れでお互い機嫌よくスカイプ会話を楽しめた。
もったいないけど、やっぱり携帯持っていたい。
 
ところで、先日乗った電車で見た光景。
私の向かい側の列の6人すべてが携帯電話の画面を見ていた。
ものすごい違和感を感じた。これって私だけ?
 
 
 

家族を繋ぐ

息子に初めて自分のブログの存在を教えた。
2週間前、娘に教えたところ、時々読んでくれているようで、「いろいろそっちの様子がわかっていいよ」と好反応。
それでは、息子にも一応教えておかないと不公平と思い、メールで連絡。
娘とはスカイプで月に2回1時間以上だらだらとおしゃべりを楽しむのだが、息子とはメールのやり取りも本当に用事があるときのみで、
気がつけばもう1ヶ月以上コンタクトなし。
反応は良好。(よかったあー)
 
ブログは日記のつもりなので、こっそりとと思っていた。でも結局夫に教え、子供たちにも教えてしまった。
家族に読まれると思うだけで、知らず知らずのうちに自分で内容制限してしまうのはわかっている。
でも、上海・スウェーデン・日本と散らばってしまっている家族の気持ちをつなぐ場としてこの場を利用しよう。

気がつけばもう3年・・・水泳教室

水泳教室に通い始めて、もう3年。
正直なところ、こんなに続くとは思っていなかった。
おかげで、まったくのカナヅチから、もう水泳なしの生活は考えられないくらいまでに。
泳げるようになった上に、以前より少しスリムになったし、股関節の開き具合も
良くなったみたいで、水泳教室には心底感謝感謝。
 
通っているスポーツクラブの宣伝をするわけじゃないのだが、ここまで続けられたのは
クラブのシステムが私に合っていたことも大きな理由の一つ。
まず、駐車場があること。雨の日もまったく苦にならず、冬の間の終了後の寒さも
気にしなくてすむ。
月会費はリーズナブル。(プールだけだと6300円。プラス3000円でジムの使用も可)
毎日行ってもOKだから、行けば行くほどお徳に。
レッスンメニューが豊富。4泳法別、レベル別の他に、アクアトレーニング、アクアビクスなどもあり
泳ぎはちょっとという人には気軽に参加できるメニュー。
豊富なメニューから、昼でも夜でも自分のレベル・スケジュールに合わせて、いつでも・いくつでも
自由に選ぶことができる。
というわけで、私は、週に5日、お昼前後の時間帯で、一日oneレッスン(45分または1時間)かtwoレッスンを
受けている。
 
人間は陸の動物なので、泳げないことが日常の生活に支障をきたすわけではないが、
地球の7割は海なので、水に親しめないというのは、何だか損をしているなあと、長い間思っていた。
「私は泳げないのよ」と何十年言ってきた事か。
ずっと泳げないものと思い込んでいた。運動神経が鈍いからだと思い込んでいた。
 
でも、泳げるようになった今、「な~んだ、誰だって泳げるんだ」「泳ぐ機会がなかっただけ」
「教えてくれる人がいなかっただけ」なんだとわかった。、
当初の目的は「泳げるようになる」で、目的を果たせばそれで終わりと思っていたが、
今は、健康のために、できるだけ長く通い続けたい。(あきらめていた数十年を取り戻すぞ。)
 
しかしどんなことでも、何か一つ習い始めると奥が深いことがわかってくる。
別にオリンピックの選手になるわけじゃないけど、少しでもきれいに、速く、長くと欲が出てくる。
年齢からくる退化と練習による上達の追いかけっこ。今のところ上達が先を走っているが、
いずれは、逆転する日が来るんだろうなあ。
 
まあそんな先のことは考えず、今日もバタフライ・クロールのtwoレッスン、頑張って来ようっと!
 

新しいWALKMAN

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新しいウォークマンを買った。
写真を撮っていたら、夫が
「そんなの話題にするなんて、『うちは遅れてます』って言ってるのと同じだよ。」
「そうかなあ、遅れてるかなあ?」
言いながら、イヤホンをつけてる多くの若者たちの姿が思い浮かび、
さっきまでウキウキしていた気持ちが少し冷め、「そっかあ、遅れてるんだ」と遅れて納得。
しかし、100円ライターほどの大きさ・軽さの中になんと600曲以上保存できるなんてすごい!
私の若い頃はレコード。そのうちテープが出てきて、次はCD。そして今はもうCDなんか要らない時代。
やっぱり便利はうれしい。
さて、どの曲を入れるかを考える。
そもそも「欲しい」と言い出したのは夫。
週末ジョギングを趣味としている夫が、ウォークマンを腕に固定して走っている人を見て以来、「欲しいな~、買ってえ~」
とおねだりされて、1ヶ月以上も先の誕生日プレゼントとして購入したのだ。
夫は持っているCD6枚セット「クラシックBEST100」を全部入れてくれとリクエスト(夫は理系なのに妙にPC関係に弱い)。
これを聞きながら走るとどうなるのかしら?
「行進曲」の次に「ワルツ」が入ってたりしたら、「あの人、何だかふらふら走ってるね」てなことにならないのかなあ。
夫が使うのは週末だけなので、それ以外は私が使っていいと言う。
軽いし、アームバンドがあるので、機織り、退屈な草むしり、掃除洗濯の家事をしながらでもOKだ。
新しいCD買いたいなあ・・・いや、今は音楽もネットから直接ダウンロードして購入できるんだった。(まだやったことがない)
本当に便利な世の中。
ちょっと遅れつつも、デジタルライフにワクワクする一方で、
「ステレオ」と呼んでいたレコードプレーヤーはとっくに処分したのに、レコードはどういうわけか
処分できないでいる。押入れには、息子・娘が置いていったテープとCDがそのままにしてある。
もうこれらの出番はないに等しいとわかっているのに・・・。

今年のさつまいもは大きいが・・・

2年前から、車で15分ほどのところに、畑を借りている。広さはほんの10坪ほど。
週初め、さつまいもの収穫をした。
今年はいやに蔓の元気がよく、土の栄養バランスが良くないのかも知れない
と思っていたら、そのせいかどうか、やっぱり出てきたお芋は去年と違っていた。
一つの苗に程よい大きさで3~4個ついてるはずのお芋が、今年は大きいのが1個だけか、
大きいのが1個と極端に小さいのが1・2個で、ちょっとがっかり。
(写真の左がお店で売っている標準サイズ)
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同じように家庭菜園を持っている友人に聞いてみると、彼女のところも同じとか。
お天気のせい? それともやっぱり土のせい?
収穫が少なかったとは言え、夫婦2人には十分。
料理をいろいろ工夫して、秋の味覚を楽しもう。

日本語教師ボランティア始めようかな・・・

私の町には約4800人の外国籍市民が住んでいる。
この人たちの日本語習得を支援する日本語教室が国際交流団体(ボランティア)によって
運営されているのだが、昨年末から3ヶ月間、私はこの団体主催の日本語教師養成講座を受けた。
本来なら講座終了後、すぐにボランティアとして活動を期待されるのだが、
私は、活動する決心がつかないまま、半年も過ぎていた。
実は、私はこの団体で、かなり活発にボランティア活動(外国人のためのホームステイと団体
全体の広報を担当)をしていた。でも一生懸命やりすぎて、疲れてしまった。
ボランティアとしての限界を感じた。
たまたま仕事(塾の講師)が忙しくなったこともあり、活動は中止。多分2度と戻らないと思っていた。
ところが、活動を共にしていた時の友人から、「日本語教師の講座受けてみない?」
と誘われ、ふと考えた。
「もしも、夫に先立たれ、娘のいるスウェーデンに引き取られるようなことになった時、
スウェーデン人に日本語教えるのも悪くないわねえ」・・スウェーデンでは日本のアニメが人気で
日本語を習う若者も多いとか・・・
「そのうち孫だってできるだろうし、その子に日本語教えてやらなきゃ」
かなり自分勝手な理由で、講座を受けたのだった。
 ところが、昨日、講座を一緒に受けた友人から、「漢字教室の先生が足りないので来てくれない?」と
誘いを受けた。月に1回でいいと言うので、断りべたな私はついOKの返事をしてしまった。
今晩、その教室を見学する予定。
外国人にとって、住む国の言葉を習得することがどんなに重要かは、経験上よく知っている。
私もアメリカ在住中、ESL教室でさんざんお世話になった。
スウェーデンでの夢(?)はともかく、やはりその時のお返しをしなければ。
でも今度は疲れない程度に抑えて抑えて。
話は変わって
登山後、ウールのマットを織り始めた。
この調子だと、2週間ほどで、仕上がるかな?
できたら娘に送ろう。
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亀のようにのろいけど・・・

自慢じゃないけど、私の本を読むスピードは亀のようにのろい。
理由は、英語だから、集中力が短いから、就寝前に読むから・・・etc
それでも、不思議とあきらめないで読み通す。
例え、1冊に数ヶ月かかってもあきらめない。
1日1ページでもいいから毎日読む。
結果、のろい割には、ちゃんと、ダヴィンチコードをはじめとするDan Brownの作品も
ほとんどを読んだ。お気に入りはJohn Grishamの裁判もの。
 
現在読書中の本は
Michael Crichton の "State of Fear"
2004年11月刊行だから話題は少々古い。
お話は、地球温暖化問題をめぐるサスペンスなのだが、
私の興味は、クールビズだ、打ち水だ、と省電力・省エネルギーに熱心な日本とは逆に
、未だ京都議定書も批准せず、温暖化そのものに否定的な意見が多いアメリカにある。
なぜアメリカは地球温暖化問題に否定的なのか?
我が国の省エネ政策は本当に有効なのか?
一体地球環境問題の真実は?
ちなみに、先にこの本を読んだ夫に感想を聞いたら、「期待しないほうがいいよ」と言われた。
 
英語小説を読む理由
頭の隅っこに英語ワールドを確保しておきたいから
 
 

こわ~い山の天気

山の天気は予想しにくい。
下界は快晴でも、頂上付近は吹雪ということもあり得る。
この3連休中も、何人かの登山者が悪天候により命を落とした。
実は、そのこわ~い山の天気に、我々夫婦も遭遇した。
八ケ岳登山を計画したのは9月末。
6(土)7(日)8(月)の3日連休を利用。
6日 茅野駅→(バス50分)→美濃戸口(標高1500m)→(上り4時間)→赤岳鉱泉(標高2200m)宿泊
7日 赤岳鉱泉→(上り3時間)→硫黄岳(標高2760m)→(下り2時間)→本沢温泉(標高2000m)宿泊
8日 本沢温泉→(下り3時間)→稲子湯→(バス25分)→松原湖駅(小海線)
夫が、めちゃめちゃ”上り”に弱い私のために立ててくれた、めちゃめちゃ”ゆったりプラン”。
先週初めから天気は気になっていた。
台風16,17号がうろうろしていたし、秋雨前線が停滞し、雨が続いていた。
しかし台風は徐々に日本から遠ざかり、低気圧も北上の予想。
6日の天気予報は曇り・雨、その後は西日本から回復というものだった。
夏に常念岳登山を計画したが、台風で泣く泣くキャンセルしたこともあり、
紅葉シーズンの3日連休登山に我々の期待は膨らんでいた。
初日は低気圧の影響が残り、曇り時々小雨。
森の緑の中、蔦やもみじの赤は際立って美しい。
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「今日は、雨でもいいさ。明日頂上で晴れてればいいんだから。」
午後2時赤岳鉱泉到着。一泊8000円。個室が空いていたので、

4000円プラスで個室にする。

夕食の5時半まで随分時間があるのでお風呂に入る。(何よりの贅沢)。
部屋に戻り、持参したウィスキーで小宴会。
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2日目  5時起床。6時半出発。
期待に反して、この日も朝から曇が立ち込め、
風が強い。気温もかなり低い。
「天気は徐々に回復するから、午後にはもっと良くなるだろう」
と前向きに期待する。
上り始めて1時間ほどすると、下山する人たちとのすれ違いが多くなる。
彼らのほとんどが同じことを口にする。
「上はかなり危ないですよ」「凍傷になりそうでしたよ」「風で立っていられない」
「もうあきらめて降ります」などなど。髪の毛や上着に霜がついている。
でも自分たちが歩いている場所は、風は少々あるものの、比較的穏やかで、
頂上の様子は想像できなかった。
少し不安になってきた私に、夫は「我々は、頂上からすぐに下るコースだから大丈夫」
と励ましてくれる。
しかし、頂上付近に近づくにつれ、木々の表情が変わる。
枝や葉についた霧が凍り付いた霧氷。
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「かなりやばいかも」と思いつつ、とうとう頂上まであと15分という場所に。
そこは広々とした砂地。晴れていればきっと素晴らしい景色が望めるであろうその場所は
まるで賽の河原のような雰囲気。砂は凍りつき、強風が下から容赦なく吹き上げる。
立っていることはおろか、四つん這いになっていてもリュックごと吹き飛ばされそうなくらいの強風。
周りには風をよける樹木はいっさいなく、低い岩が並ぶだけ。
四つん這いになっている私に、夫は叫んだ。
「だめだ!引き返そう」
自然の力の前では、人間は無力なんだ。逆らってはいけない。
予定は変更し、元来た道を下り、その日のうちに帰宅することにした。
翌朝の新聞テレビで遭難のニュースを知った。
あと10分で山小屋という地点での遭難。
吹雪で動けなくなった60代。
「危険な中高年登山」「甘すぎる天気予想」と厳しい批判。
10月初旬であっても山はもう冬の入り口なのだ。
危険を早く予測する能力は大切だ。
しかしどんなに予測して回避したつもりでも、小さな危険はつきまとうことを
覚悟しておくべき。そして、そうした小さな危険をいくつも経験してこそ
予測能力の精度があがるということも事実だろう。
今回計画を途中で断念しなければならなかったことはとても残念だったが、
ほんの数分でも危険な状況に遭遇、自然の怖さを見、そして適切な判断を
することができたのは、ある意味収穫だったかもしれない。

 

ブログの写真

写真が程よく掲載されているブログは楽しい。
道端の草花だったり、部屋の片隅だったり、テーブルのお料理
だったり・・・
いつも素敵な写真を載せている方たちのカメラの付き合い方って、
一体どのようなものなのだろう。
私の場合、携帯はカメラ付ではないし、デジカメも少し古いので
大きめで常時携帯する習慣はない。
外出先でいい被写体・いい瞬間を見つけても、すぐにカメラ
におさめることができない。家にいる時も、写真を撮るとなると、
場所探し、明るさ調整などで手間取り、いざ撮ろうとすると
電池が空っぽなんてことが始終。
しかもメモリーはもう古いと言われそうだが、スマートメディア。
古いパソコンで取り込み、新しいパソコンに移すという
作業があるので、億劫。
しかし、今のところ携帯電話もデジカメも買い換える予定はなく、
当分は、写真の少ないブログが続きそう。
 
 

明日はコーラスの本番

明日はコーラスの本番。
女声コーラスグループ。メンバー20名。
平均年齢は多分60歳を超えてるかも。
(私はグループ内では若い方)
市内では実力のあるグループの一つと評判は高いものの、
やはり年々高音部につらいものがあり、リズム感もいまいち。
メンバーのみなさんは、他人に対して本当に優しい人たちで結構なのだが、
同時に「自分にも優しい」のがちょっと問題。
愚痴は山ほどあるけど、我慢我慢。
明日は、気持ちよく歌うことだけ考えよう。
 
 
 
 

織り始めてようやく1年

あこがれの手織りを習い始めて、約1年。
まだまだ手織りワールドの入り口に立っている状態で、
奥の深さをひしひしと感じているところ。
トライしたい織りものは山ほどあり、自分の年齢を考えると
どうしても急ぎたくなるが、抑えて抑えての毎日。
 
スタートした当初、夫から「そのうち絶対飽きると思うよ。」
と言われ、以来、その言葉を自分への「励ましの言葉」としている。
 
今日は手織り教室の日。
教室では、ウール糸でラグを製作中。
ノルウェーの糸屋と直接交渉し苦労して手に入れた糸なので
出来上がりが楽しみ。
 

スカイプで長話

海外在住の娘とスカイプで長話。
スカイプを入れる前までは、グロバールテルで電話を使用していた。
電話代は通常よりかなり安かったが、スカイプにしてからは
無料。何と素晴らしいツールでしょう。
地球はどんどん狭くなる。
娘の所までの飛行機のフライト時間も、もっと短縮されればいいのに。
 
そう言えば、今年に入ってまだ成田へ行っていない。
海外旅行そのものも好きだけど、国際空港に集まる人たちが放つ
緊張感・国際感・期待感が大好き。