初忘年会

夕べは「すっぴんクラブ」の第1回忘年会。
駅前ビルの2階にある「はなの舞」という海鮮居酒屋に集まった。 参加人数6名。 もうすでに何度か一緒に食事をした仲間なので、最初からテンション高く話が弾む。 40歳代が一人、他は55・56・57歳とみんなくっついている。 子供や夫の話、年寄りの介護、好きなテレビドラマ、昔好きだった歌手のことなど、話題はあちこち飛びまくる。  
 
今時の大衆居酒屋はどこもそうだが、グループ同士お互い影響されないように、個室風に仕切ってある。 ところがあれを経済設計と言うのだろうか、とにかく狭い。狭い分、お互いの話はよく聞こえていいのだが、一旦座ったら、立ち上がるのはトイレタイムだけ。 立ち上がってパフォーマンスなんて余裕はどこにもなかった。
特にその準備をしていったわけでもないので、どうでもいいのだが、夕べはその狭さのせいだけではなく、なぜかパフォーマンスしたくなるほど酔えなかった。時間が経つにつれだんだん気分が覚めてくるではないか・・・。  私が飲んだのは、生ビール1杯と生グレープフルーツサワーを3杯。 いつもならこのくらい飲めば、かなり酔うはずなのに・・・。 通常よりアルコール分を低くしてあったのでは??・・・・疑惑が残る。
 
おかげで今朝はいつも通りさわやかな目覚め。
 
夕べのお土産はお店のコースター。
 
「健康十訓」
1 少肉多菜
2 少塩多酢
3 少糖多果
4 少食多噛
5 少衣多浴
6 少言多行
7 少欲多施
8 少憂多眠
9 少車多歩
10 少憤多笑
 
私に足りないのは9番。 心がけよう。
 
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再配達

今日の予定・・・水泳は毎月、月末の28日以降は休み。  日中はフリー。 夜は例の「すっぴんクラブ」の初忘年会。 夕方6時前には出かけなきゃと思っていたら、うっかりネットで注文した糸の配達時間を今夜6時-8時に指定してしまっていたことに気が付いた。今回は自分で注文した品物なので、配達の伝票番号もメールで知らせてきていた。早速宅配業者に、配達時間の変更をお願いした。  

 
配達時留守にしていたため不在連絡票がポストに入っていて再度配達のお願いをしたことが何度もある。 ちょっと近くまで買い物に行っている間のことだったりすると、配達員に申し訳ないとつい思ってしまう。  荷物が送られてくることが事前にわからない場合致し方ないとは言え、配達する側に立ってみると、出来るだけ1度の配達で済ませたいだろう。 誰かが家にいて欲しいと思うだろう。でも今時、外で働く女性も多いし、たとえ専業主婦だとしても家にずっといる人なんて皆無に近いし・・・・。 
 
配送サービスは格段に向上したけれど、それと共に郵便物や宅配物の再配達の割合は増えているのではないだろうか。 
再配達もコストに含まれていますと言われればそれまでなのだが、私としては配達する人の気持ちになると、何とか一度の配達で受け取りたい。再配達を避けるための手立てもいろいろ考えられているようだが、まだまだ配達する側の都合と受け取る側の都合がしっくりあっていない気がする。

ふるさとの言葉

朝刊に全国小中学校作文コンクール文部科学大臣賞の作品が載っていた。 小学校高学年受賞作文タイトルは「言葉が持つ不思議な力-方言の魅力」だった。
書いたのは愛知県に住む小学校5年生の女の子。彼女のお母さんの実家は富山。 富山でのお墓参りの際に聞いた、お母さん、おばあちゃん、おじいちゃん、いとこたちの話す言葉。 会話から発見した富山弁の魅力について書かれている。
 
「富山弁はおもしろいな」・・・・そうだ、そうだ。  「方言には人の心をやさしくする不思議な力がある」・・・・そうだ、そうだ。
私のふるさとは富山県。市町村合併で今は南砺市になってしまったが、もと福光町。 18歳までそこで育ったので私の母語は富山弁。 標準語は後から習得した言葉だ。 外国語を習得するほど大変ではないが、それでもかなり時間がかかった。 今では頭の中には極自然に言葉のチャンネルが二つあり随時切り替わる。 実家へ帰っているときはもちろん、電話が掛かってくると、何の抵抗もなく富山弁に切り替わる。 
 
母語と言っても、実家へ帰るのは1年に1度くらい。 電話での会話もさほど長くない。 徐々に忘れている言葉、使わなくなった言葉も・・・。
そんな私にとって、大切なものが下の写真。 多分飲食店の店主がお客に配るものとして作ったものなのだろう。 実家で発見してちゃっかりもらってきた手ぬぐい。 これを見るたびに、八百屋さん・魚屋さんでの人々の会話、親戚が集まったときの会話など・・・ふるさとの会話が聞こえてくる。
 
 
 
 
昔、東京で高校時代のコーラスのOB・OGが集まった時、みんなであえて方言で話をしたことがあったっけ。 お腹かかえて笑ったなあ。 もう一度あのメンバーに会いたくなってきた。
 
 

ネットショッピング

息子にプレゼントするためのマットがようやく織りあがった。 
 
次はマフラーの予定だが、家で織るマフラー用の糸がない。 教室で織るマフラーとほぼ同時進行で織りたいので、明日くらいまでには手元に欲しい。 そう思って、ネットの毛糸専門店で糸を捜した。 このお店は手織り用毛糸の品数も豊富で、何よりありがたいのは価格が安いこと。 家の近くには大型手芸専門店があり、ボタン・ファスナーの小物類はいつもそこで調達しているが、毛糸・布はやはりネット店と比べると値段ははるかに高い。 送料が全国一律390円なのもありがたい。
 
ネットショッピングは時々利用する。これまで本の他、航空券・コンサートチケット・衣類・水着・糸・・・・。
購入したい商品の実物をすでに知っている場合はともかく、直接見たことも手に取ったこともない商品を買うときはかなり勇気が必要だ。 特に衣類の場合は色とサイズを吟味する。 今回の糸の場合気になるのはもちろん色。 届いた商品を見て「注文したのはこんな色だったっけ?」とがっかりすることもある。 どのショップも商品の色は画像のアップで見ればわかるのだけれど、現物とは微妙に違う。 白・生成り・黒などなら安心なんだけど・・・・。 
 
確実な方法は実物糸見本帳を先に注文すること。ところが、残念なことに売り切れていた。
散々迷って、4色を買い物カゴに入れる。最後の「確定ボタン」を押す直前、「本当にいいのね」と何度も自分に念を押す。そして「えいっ!」 気持ちに比べてクリックは軽過ぎる。 ああ、行っちゃった・・・・。 注文どおりの糸が届くか心配。
 
それでも期待の方が何倍も大きい。 万が一イメージしていたものと違っていても、4色あるので、それらをうまく使って調整できるだろう。
 
 
 

ソプラノへの憧れ

私の声は低く、コーラスでは万年アルト。  アルトが主旋律を歌うことは稀なので、いつも縁の下の力持ち。  アルトの存在あってこその女声コーラスと思っているので何の不満もないのだが、ソプラノの声への憧れがいつもある。
 
特に最近その傾向が強まっていて、聴く音楽のほとんどがソプラノ歌手の歌ばかり。 手仕事をするときは音楽が欠かせないので、スピーカを背後に置き、ボリュームもかなり大きくして聴いている。私のお気に入りの歌手は 
 
Kathleen Battle(アメリカ人)・・・・ベルベットのようなやわらかい歌声は、ささくれた気持ちをそっとなでてくれるよう。 彼女のオペラアリアだけでなく、クリスマスソングや宗教歌も素晴らしい。 

 
IZZY(イギリス出身)・・・・少し張りのあるソプラノで、アイルランドの歌が似合う歌手。
 
Hayley Westenra(オーストラリア人)・・・・先日、鎌倉で紡ぎ体験をしたとき、「匠」の店内に流れていて気に入り、早速手に入れた。 「Pure」というアルバム(2003年)の録音時彼女はまだ15歳。 透き通るような美しいソプラノの声。  酔いしれながら手仕事の時間を過ごしている。
 
他にもSarah Brightman、Celtic womanなどが大好き。
 
昨日、突然私のお気に入りに一つ追加された。 友人から素敵な音楽のCDが届いたのだ。 彼女が自ら作り歌った4曲、美しいソプラノの歌声だった。これまで聴いてきた外国語の歌とは違って日本語の詩なので、曲と共に詩がすっと心の中に浸み込む。
 
夕べから繰り返しその4曲を聴いているのだが、もう私の頭の中では一緒に歌っている。 そして、ふと気が付いたのだが、ところどころハーモニーを作って歌っていた。 長年アルトを受け持ってきた習性なのか・・・。  美しいソプラノに対する憧れは一層増しつつも、ハーモニーを作って歌える喜びを改めて感じている。

赤飯

11月24日は夫の誕生日。
誕生日と言っても帰りはいつものように8時半頃なので、外での食事は無理。 かといって何もなしでは気の毒なので、私のお祝いの気持ちを表したくて、赤飯を作ることにし、朝もち米を洗って水に浸した。
他の家庭では家族の誕生日にはどんな料理を作るのだろう。
我が家では、子供たちがいた頃は必ず赤飯とケーキを作っていた。 変な取り合わせだが、私のお祝いへの気持ちが込められるのは、やはり手作り赤飯と手作りケーキなのだとこだわっていた。 だから外食はもちろんケーキも買って来たことはない。
私は昔から赤飯が大好きだった。 結婚式・お祭り・新築などのお祝い事があると必ず隣近所や親戚に赤飯が配られ、今より頻繁に赤飯が食卓に上っていた。 あの頃は電子レンジなどない時代なので、少し硬くなった赤飯を蒸し器で温めなおして食べたものだ。
赤飯を作るのはそう難しくはないが、前もっての準備が必要なので、夕方思いついてすぐにと言うわけにはいかない。 今回も朝洗ったお米を夕方まで水に浸しておいた。 炊飯器で炊く人もいるのだが、私はいつも蒸し器で炊く。 たっぷり水に浸したせいか、ふっくら炊き上がった。 夫が帰宅するまで何度もつまみ食いしているうちに、お腹半分は赤飯でいっぱいになっていた。 もち米を5合炊いたので、残りは冷凍保存。 コンビニやパック包装でいつでもおいしい赤飯が買える時代だが、やっぱり心が込められる手作り赤飯にこだわりたい。
夕方、娘から父親の誕生日お祝いメッセージが入っていた。 「今日の食事は家か外か・・・いずれにせよおいしい居酒屋へ行くのでしょう」とあった。 我が家の居酒屋風食卓に用意したのは赤飯、わかさぎ・ヤーコンのてんぷら、鶏肉だんごと白菜のスープ、そして熱燗2本だった。
お赤飯 001

丘の上のKさん

昨日、拓郎さんのテレビを見た後、すぐに畑へ行った。  草取りの後、大根2本、白菜2個、ほうれん草一掴みを収穫。 畑がだんだん寂しくなっていく。 帰宅したら、留守電がピカピカ。 Kさんからだった。  Kさんは70歳代の女性。  日当たりの良い丘の上に住んでいらっしゃる。 昨年知人の紹介でパソコンを教えて差し上げた。 メールは問題なく使えるのだが、「メールに背景画像を入れたい」「写真の整理をしたい」などの要望があり、何回か続けて出向いた。  その後は、必要な時に電話がかかってくる。  今回は年賀状作成のため、自作の干支の貼り絵をスキャンしてほしいとのこと。 早速、とれたて大根を1本包んで、3時にKさん宅に伺った。
 
玄関には男物の靴が2足。「あら、お客様ですか?」と聞くと、「これは用心のためやねん。」  昨年暮れご主人が亡くなられて今は一人暮らしのKさん、京都に長く住んでおられたので、やわらかな京都弁で話される。  和室に置かれたコタツでお茶を飲みながらまずはお互いの近況報告。  Kさんのところは次男さん一家がベルギーに駐在していらっしゃるので、ついベルギーとスウェーデンの話になる。 次男さんの仕事の忙しいこと、お孫さんの帰国後の進学も気になるとか。「でも、もう私はな~んも言わへんの。」と、自分に言い聞かせるようにおっしゃった。  スウェーデンにいる娘が来年結婚する予定であることを話すと、彼らが出合った経緯、スウェーデンでの生活、彼らの仕事などについていろいろ聞かれ、私もうれしい気持ちで答える。 Kさんの感想・・・「時代なんやねえ。」
 
母とほぼ同世代のKさんと話した1時間半。 甘えたいような・・・甘えさせてあげたいような・・・励ましたいような・・・励まされたいような・・・そんな思いが行ったり来たりしていた。
 

拓郎の「今日までそして明日から」

今日は「勤労感謝の日」なのに会社は出勤日。夫はいつものように出かけた。
朝の連続テレビ小説「芋たこなんきん」を見終わって、「さあ、洗濯でも」と立ち上がりかけたら、「吉田拓郎、3万5000人の同窓会」(再放送)が同じチャンネルで始まった。これは見逃せないと思い、居間のテレビを消し、急いで2階に上がり、機のそばに置いてある小さいテレビをつける。機織りをしながらテレビを見た。
ちょうど2ヶ月前、つま恋で行われたライブをテレビで見たときの感動が、再びじわじわとよみがえる。 
 
歌を聴きながら、30年前の自分を思い出す。つい機を織る手に力が入る。 
ラストの曲は「今日までそして明日から」
 
 私は今日まで生きてみました
 時には誰かのちからを借りて
 時には誰かにしがみついて
 
 ★私は今日まで生きてみました
 そして今私は思っています
 明日からもこうして生きていくだろうと
     
 私は今日まで生きてみました
 時には誰かをあざ笑って
 時には誰かにおびやかされて
 
 ★
 
 私は今日まで生きてみました
 時には誰かに裏切られて
 時には誰かと手を取り合って
 
 ★
 
    ・・・・・・
  
ひとつひとつの言葉をマットに織り込むような気持ちで手を動かしていた。
 

マット3点

手織り教室で織っていたマットがようやく仕上がった。
 
娘に送ったマットより早く織り始めたのに、教室の織機にずっと掛けたままだったので、随分遅い仕上がりとなってしまった。自宅用にと思ったがもったいなくて使えない。
 
 
斜めの模様に挑戦した。 パッチワーク模様の北の大地風に。 夫の椅子用に。
 
織りに変化をくわえたもの。 経糸も残りわずかになり、計画より寸足らず。 
私のお尻には少し小さい。  ペットがいれば、独占されそう。
 
昨日は、夏に藍色に染めたマフラー用ウールを整経、綜絖(そうこう)通し。 筬(おさ)通しは来週に持ち越し。 幅7寸長さ21尺(マフラー4本分)。 これまで10尺以上の長さは整経したことがなかった。ウールの糸を整経するのも初めてのことで、糸の張り具合を一定にしながらの整経はかなり緊張した。 先生に、家でも長い糸の整経をやってみるようにと言われた。 家には現在製作中のマットが掛かっている。  早く仕上げて、マフラーに移ろう。 そうそう、糸も用意しなくちゃ。 家でも織るとなると出来上がりは8本。誰にあげようかしら??
 

ぷかぷかダイビング体験

水泳レッスンが終わり、ジャグジーに入っていたら、見慣れない若いお兄さんが中年の女性と話をしている。 どうやらダイビングの話らしい。 プールの一番端のコースには「ダイビング無料体験」の小さい看板が置いてある。 二人の会話が耳に入り、お兄さんはダイビングのインストラクターで、中年の女性は体験をした人だとわかった。 お兄さん、私と目が合い、「今日は無料体験(1時間)の予約が入っていたのですが、急にキャンセルされちゃって・・・・この方も今、その穴埋めに体験してもらったんですけど、そちらもどうですか?ちょっとですけどやってみませんか?」  中年の女性も、「やってみたら?簡単でしたよ」と薦められ「ん、話の種になるぞ」と思った私、早速やってみることにした。 正式に予約していたわけではないので、酸素の吸い方だけを習った。
 
お兄さんと一緒にプールに入る。 
足のひれをつける。 
ゴーグルをつける(鼻が全部隠れるので息は口だけでする。)
次に、酸素の管を口につける。 お兄さんの指示通り、口を「あ」の形にあけ、マウスピースを口に入れ「い」の形にしてピースの出っ張りを噛む。次に口を「う」の形にし、そのままおそばをすするような気持ちで息を吸う。 「あ・い・う・・・ね、超簡単。」 」酸素がスーっと入ってくる。 そのまま息を吐くとマウスピースの横の穴から息が出てくる。
 
お兄さん「では、泳ぐ姿勢で進んでみましょう。」
お兄さんはボンベをしょったまま一緒に付き添ってくれる。私は酸素のパイプを加え、足ひれを動かしながら、ゆっくり進む。おもりをつけてないので、水面にぷかぷか浮かびながら、ゆっくり足ひれを動かす。 呼吸に集中しているので、床ばかり見ながら25m進む。
折り返し。「じゃあ今度は少し周りを見ながら進みましょう」 お兄さんが途中で水中に向かって腕を振り下ろし、ぶくぶく泡を作り、「ほら綺麗でしょう。」 今度は余裕があるので、顔を上下左右に動かしながらゆっくり進む。
 
25mコースを行って帰って終わり。 な~んだ、簡単じゃない。 意外とおもしろい。 
本当は自分でタンクを背負って、もっと深くもぐるのだが、そのためにはライセンスが必要。 そこまでやる気はもちろんない。 でもシュノーケルくらいはやれそうな気がしてきた。 
 

”品格”と”ルール”

昨日のTakさん(コメント仲間)のブログの話題は「国家の品格」だった。
そして、昨日の朝刊のいじめに関する世論調査に出ていたのは「親が社会のルールを教えていない」。
今朝からこの「品格」と「ルール」の二つが頭にこびりついて離れない。 離れないまま家事をしていたら、ふと昔の出来事が思い出された。
 
夫は山が好きだったので、子供たちが小学生の頃は、1年に2回ほど家族で山登りにでかていた。 日常生活の中で夫が主導権をとる場は少ない。 休日ごろごろしている父親を子供たちはどんな風に思っているのだろうと不安に感じていたが、山登りをするようになってからは、「お父さんはリーダーなんだよ」と無言のうちに教えることができるようになっていた。 
 
ある秋の休日、家族で日帰り登山をした。山から下りてきてバス停に着いたとき、すでに大勢の登山者が列を作って待っていた。 のんびりしていると、次のバスにも乗れないかもしれない。 急いで列の最後に並んだ。 あっと言う間に私たちの後ろにも登山者が次々と並び長い列が出来た。 家族連れが多い。 先のバスは出たばかりでこれから1時間は待たなければならない。 並んでいる列のあちこちから、人が出たり入ったりする。 近くの売店でアイスクリームやジュースを買うため列を出て、再び元の場所に戻るのだ。 疲れている・・・夕方になる・・・家へ帰るとお風呂を沸かして、夕飯の支度がある・・・・いらいらする気持ちを抑えようと、私は「アイスクリーム買ってくる」と夫に言った。
夫は鋭い口調で「だめだっ! 
私はちょっと驚いて、「ええ? いいじゃないみんな買ってるじゃない!」
夫、「だめだ、買いたいのなら自分のだけ買って、お前は一番後ろに並べ!」
私「ええっ~?
私はもうこの時点でかなり頭に来ている。「じゃあトイレ行きたい。トイレはいい?」
夫は、私が難癖つけてるのが分かっているので、「行きたいのなら行け! でも後ろに並べ!」
私、「私だけ後ろに並んだら、一緒に帰れないじゃない!」
夫、「じゃあみんなで後ろに並ぶ。」
子供たちは、「もう、お母さんいいじゃない、こんなところでけんかしないでよ。」と心配顔。
 
ええい!頑固者!」 その後家に帰っても一言も口を聞かなかった。
 
私のいつものパターンだが、夫に腹を立てた後、頭が冷えてくると、「なぜあの場でけんかになったのか」と考える。
列を作って並ぶところまではいい。これは社会のルールだ。
ところが列に並んだ後、出たり入ったりする人たちを見た夫は多分「品がない」と感じたに違いない。その「品がない行為」を家族に許すことができなかったのだろう。 さすがにトイレ禁止までは行き過ぎだが、あの時、夫は意地になってでも自分の価値観を子供たちに伝えたかったのではないか・・・・
夕食が1時間2時間遅くなったっていいではないか・・・あの時、目先のことだけに囚われてしまった自分、いらいらせず、のんびりゆったり待つことが出来なかった自分を反省した。
 
その後、電車やバスに乗るとき、何かを待っている長い列に出くわす度に思い出す。
 
(注 夫は決してすべての行動に品があるわけではありません。)

いつもの土曜日

私は仕事もしていないのに、土曜日になるとほっとする。夫がほっとしているから、つい私も。
土曜日の過ごし方はたいてい決まっていて、昨日もいつもと同じ土曜日だった。
 
夫は私より一足早く起き、総合公園へジョギングに出かける。最近は距離を伸ばし30km走っているので、出かけてから約3時間は帰って来ない。私はその間、ゆっくりモードで掃除・洗濯、その後はブログを書いたり、手織りをしたり・・・・
 
夫は帰宅後、お風呂に入る。 11時、早めの昼食。 その後私は水泳に出かけ、約3時間の留守。
 
午後は一緒に畑へ行ったり、夫々好きなことをして過ごす。
 
6時、「人生の楽園」を一緒に見ながら、定年後のバーチャル楽園ツアーを楽しむ。 昨日はキャンピングカーで移動しながら百名山に挑戦している夫婦の紹介だった。夫はこの夫婦が登っていた山が気に入った様子で、「よし来年一緒に行こう。」と誘われた。
いつもは同じチャンネルでその後の「地球ぽかぽか家族」を見るのだが、昨日は俳優のロングステイ体験だったので、パス。 
 
7時夕食
休日は鍋料理が多い。
ほうれん草いっぱいの豚しゃぶ
左が畑で育てたもので、丈は右の買ったほうれん草のまだ半分     お肉は控え目で、ほうれん草をたくさん食べる。たれはゴマしゃぶか味ぽん。
     
土曜日はいつもテレビが面白くないので、寝るのが早い。 夫は風邪気味だからと昨夜は8時就寝。
夫の寝ているそばで機織りは悪いと思い、静かにブログチェックしていたので11時就寝。(いつもはもっと早い)
 
夫の距離を適度に保ちながら過ごす土曜日。定年後もつかず離れずがいい。

すっぴんクラブ

「すっぴんクラブ」は、ご想像のとおり水泳仲良しグループの名前。 私が勝手につけた名前である。
ある時、プールが急遽使用中止になり、たまたまジムの玄関先に居合わせた水泳仲間で一緒に食事をした。 それがきっかけで、これまで3度ほどランチを一緒に食べた。 
 
プールでの私は、少々のおしゃべりはするものの、真面目にレッスンを受けている。ほとんど自分のプライベートな話はしない。 誰がどこに住み、どんな性格の人で、どのような生活をしているかも、ほとんど知らなかった。 ところが、3度のランチのおかげで、かなりの情報が入ってきた。 そして他の人が抱いていた私の印象も相当違っていたことが判明。  
 
仲間のYukoの印象は 「非常に真面目で近寄りがたい人」だったそう。
でもある時、私が「今日は二日酔いなのよ」と言った一言を聞いて、真面目印象が少し修正され、一緒に食事したら、完全に崩れたそうだ。
 
真面目なYukoも、ふざけたYukoも私の素。 自分はいつも「素のまま」のつもりでいるのだが、人に見られているのは実はほんの一面だけなのだ。「第1印象と全然ちがう~」と言われることは結構私には快感。 だからといって、自分を隠しているつもりは全くなく、また必要以上に自分を押し出す気もない。 
 
ブログもそう。 素のままで書いているつもりでも、自分に対する読む人の印象は私の一面でしかないのだろう。 あえて自分のすべてをさらけ出すつもりもないし、その文才もない。 ただその日その日「すっぴん」で素直に書くのみ。
 
3度目のランチの時、「お酒は飲める?」という話になり、全員飲めるとわかって「今度はランチじゃなく、お酒飲もうか」ということになった。
「夜だと、さすがにすっぴんじゃ行けないわね」
「会ったら誰だかわかんなかったりしてね。(笑)」
 
次回はみんなお面かぶってても、お酒の力で、みんなのすっぴん度がさらに高まることは間違いないと思う。

イレブンカット

水曜日午後、髪を切りにヘアーサロンへ行った。
 
私の髪型はここ10年以上ずっと同じショートカット。 昔はパーマをかけたり、長くしたり、いろいろ冒険もしたが、もうそんな気持ちもなくなった。 似合っていてお手入れ簡単が一番。 ショートなのでちょっと伸びてくるとうるさく感じる。 できれば1ヶ月に1度は行きたい。
 
私が今年の3月から行き始めたのは、「11cut」と言う名前のお店。 11という数字・・・最初、料金が1100円なのかと思ったら、11分で仕上げると言う意味らしい。髪を切る準備ができるやいないや、美容師さんは目の前のタイマーのスイッチを入れる。  多少オーバーはあるものの、ブローを含めても、20分はかからない。 値段は1500円。 シャンプーは希望すれば自動シャンプー機の使用で500円。 予約なし、指名なし。平日の昼だったらほとんど待ち時間はゼロ。 
 
この新しいスタイルのお店は「ヘアカットプロセスの無駄や過剰なサービスを見直すことによって、わずかな時間で高品質かつリーズナブルな料金でサービスを提供」と言っている。 確かに全くと言ってほど過剰なサービスがない。
 
従来の美容室は、
まず日時を電話予約し、美容師を指名する。 お店へ行って鏡の前に座り、「今日はどうなさいますか?」と聞かれる。 その後カット前に髪をぬらすため、シャンプー台へ移動。  ひざ掛けをかけられ、ゆっくり髪をぬらす。 タオルで丁寧に頭を包んでもらい、鏡の前へ移動。 指名した美容師が現れ、丁寧なカットが始まる。世間話もする。 美容師は椅子に座り、まるで粘土彫刻でもいじるように、はさみを入れては、少し体をそらせて全体を眺め、再びはさみを入れる。カットが終わると、「ちょっと流します」と言われシャンプー台へ。 丁寧に洗い流してもらってまた鏡の前へ。 今度は肩もみ、頭皮マッサージ。 それが終わるとブロー。 終了まで約1時間半。 料金はカット&ブローで4000円。
 
11cutの前はこのような従来型美容室に行っていた。 その頃はパート収入もあり、4000円は高いと思いつつ、ゆったり・すっきりした気分になれるので、自分へのご褒美だと思っていた。 行きつけの美容室と言っても、3年ほど経つと、ちょっと浮気したくなる。 そろそろ飽きていた。 2月に仕事をやめたこともあり、思い切ってオープンしたての11cutへ行き始めた。 料金が安いので、それまでは2ヶ月に1度だったのが1ヶ月に1度行ける様になった。
 
ただ一つ、行く度に不安に思うことは、毎回担当する美容師さんが違うということ。 髪型を変えるわけではないので、「全体を伸びた分だけ切ってください」で済むのだが、毎回仕上がりが少しずつ違う。 今のところそれは納得の範囲内ではあるが・・・。 毎回、「美人はどんな髪型でも似合うんだから・・・」と自分に言い聞かせて鏡の前に座ることにしている。

早めの大掃除

昨日たまたまお昼の時間に、テレビを見た。
NHKの「ふるさと一番」・・・昨日は高野山の僧侶の修行の様子を紹介していた。 その中で、若い僧侶の毎日のスケジュール表を見て驚いた。朝9時から12時まで掃除、午後1時から5時まで掃除。ええ~?  毎日7時間も掃除?  さすがにお寺の本堂はもちろんのこと、お庭も、宿坊の部屋も清潔感が漂っている。 澄み切った空気が、画面を通して伝わってくるよう。 掃除は「下座行」と言い、もっとも重要な修行なのだそうだ。 寺の内外をひたすら掃除する。 掃除をすることによって、自分のまわりの環境を清めるとともに、自分自身の心も清めるのだと言う。
 
おお、耳が痛い。 このところ掃除はかなり手抜きになってしまっている。 ふと窓ガラスを見ると、汚れが・・・そう言えば網戸も洗っていない・・・・。 かつては雑巾で水拭きしていたところも最近はお掃除シートで拭くだけになっていたので、何となく埃っぽい・・・・気になる。 
 
昔からお掃除がきらいだったわけではない。  むしろ好きな方だった。 バケツに水を汲んで、雑巾がけというのも大好き。 雑巾がけをすると本当に気持ちがさっぱりする。 でも子供たちが家を出て夫と二人だけの生活になって以来、年々さぼりぐせが出るようになっていた。 掃除することより、掃除の手間を省くことに気をつかい、できるだけ汚さない・散らかさない生活に変わってきていた。 この間もホームセンターの年末向けディスプレーにつられて障子紙を買ってしまったものの、家の障子は去年張り替えたのでそんなに汚れていない。 今年はやっぱりやめようと思ったばかり。
 
思い立ったが吉日。 私には僧侶のような生活は到底できないが、お掃除も心を清める修行だと思って今から実行開始。 年末まであと1ヵ月半、ちょっと早めの大掃除だと思って築30年の我が家を丁寧に磨き上げよう。

来年のカレンダーはどれ?

今朝の折込ちらしにカレンダーのセール案内が入っていた。  我が家のカレンダーは、いつもガス屋、銀行がくれるものと、夫が会社からもらってくるもので間に合わせていて、一度も買ったことがない。
 
 
ちらしをよく見ると、カレンダーもいろいろあって面白い。
 
 ・御教訓カレンダー(三日坊主めくり)  応募作品から選ばれた教訓集  
 
 ・日本語の常識カレンダー     
 
 ・四字熟語カレンダー        
 
 ・故事 ことわざカレンダー     
 
 ・金八先生 贈る言葉カレンダー  
     例「一日一日を確かに努力して身につけたものが君たちの生涯の財産になります。」
 
 ・難読漢字カレンダー         例「英吉利」
 
 ・これを英語で言えますか?カレンダー 例「歯がぐらぐらする-This tooth is loose.」
 
 ・数プレ365問カレンダー      9×9の枡に1~9までの数を入れていく     
 
 ・脳力UP365問カレンダー      毎日楽しく脳エクササイズ 14種のおもしろ問題 
 
 ・脳を鍛える大人の音読(日めくり)カレンダー  日本文学の名作の一節を毎日2回音読する    
 
私だったらどれを選ぶだろう。
 御教訓カレンダーは面白そう。 数読に一時はまったので、数プレ365問もいい。  英語で一言も、役に立ちそう。
 
これらを家のあちこちに掛けておくと、賢くなるのは間違いないけど・・・
来年はカレンダーの一つくらい、自分で買ってみようかな。          

印花布の作務衣

あなたの好きな色は?と聞かれると、私は迷わず「藍色」と答える。
 
昔から藍色が好きだと言っていた母親の影響か、あるいは中学・高校時代の制服の影響か、藍色の服を着ていると、とても心が落ち着く。 結婚後、手仕事として真っ先に飛びついたのは藍染布の刺し子だった。 洋服を買うのはためらうくせに、好きな布を買うことには全く抵抗がなく、木綿の本藍染の反物を買いに、わざわざ新宿の備後屋まで出かける。  一時アメリカンキルトに夢中で、藍染布からは遠ざかっていたが、近年再びその嗜好がぶり返し、その傾向は強くなる一方。 キルトも藍染布をメインに使ったものが多くなってきている。 
 
拍車をかけたのは、印花布(いんかふ)との出会い。 印花布とは中国の藍の型染布のこと。
2年前上海にいる息子を訪ね、周荘という観光地へ案内してもらったとき、この印花布の服を着ている女性を見かけ、思わず写真を撮った。
 
すっかり印花布に魅せられ、その後上海を訪れるたびに印花布を大量購入。(帰りのスーツケースの中はいつも布だけ)
これまで、この布で洋服やバッグなどの小物をたくさん作ったが、その中の一つがこの作務衣。
 
 
割烹着代わりにほとんど毎日といっていいくらい着ている。全体がゆったりしているので、少々下に厚着をしても大丈夫。袖口はゴム付きなので、炊事の時も楽に袖をあげられ、ぬれる心配がない。 初夏の頃はこれ一枚でOK。 そして下はいつもジーパン。
 
私は手織り作家気分で、この作務衣を着る。
しかし、お酒の好きな夫の目には多分「居酒屋のおばさん」と映っているに違いない。

今度こそ

日曜日、近くにある農業高校で文化祭が行われていたので、夫と出かけた。普通高校と違って、ここは生徒たちが作った野菜・鉢植えの花などが売られるので、毎年多数の人が訪れる。  2日目だったので、すでに野菜は大根以外すべて売り切れ。  大根だったら、ウチのも持ってきて売って貰いたいよねと言いながら通り過ぎる。 敷地内には温室がいくつもあり、ポインセチア・シクラメン・観葉植物・の他、パンジー、マーガレットなどの花苗も売られていた。
 
  
 
「買ってもいいかな?」
「少しだけにしろよ。」
「大丈夫、ブログに書いたら、忘れないから・・・」
 
水遣りを忘れたり、霜にあたったりで、いつも途中で枯らしてしまい、花を育てる才能のない私だが、今度こその気持ちでパンジー6個、ベゴニア2個 合計500円を買った。
 
   
果たして、枯れないで春まで生き延びられるか・・・・。

過去からのメッセージ

この間から気になっていた財布の中・・・レシートが増えパンパンに膨れあがっていた。 (お金はちょっとなのに。)
今日、ようやくそれらを日付順に並べ替え、家計簿に記入した。
 
これまで日記は続かなかったものの、家計簿だけは不思議と続いている。 結婚して以来30年ずっと。 商売屋の娘だからお金の計算が好きなのかも知れない。 
家計簿と言っても非常に簡単なもので、現金の出し入れのみ。  予算など立てたことがない。 反省もしない。 出るときは出るのだから。
 
写真を撮ろうと思って、一番古い家計簿を出してきた。  あの頃は几帳面に書いていたものだと感心。
 ちなみに、30年前の物価
   卵 215円  もやし 35円  牛乳203円
   豚肉 205円(量が不明)  ガス料金2346円  婦人公論450円
 
(昔はものすごい物価が安かったのかと思ったら、そうでもないね。)   
 
家計簿からは、物の値段だけではなく、様々な家族の動きが見えてくる。遊びに出かけた、病院へ行った、家具を買った、子供の大学の授業料を払った・・・・etc.
様々な行動にお金は付いて回るので、お金の記録は、我が家の歴史の記録そのものだ。
   
子供たちよ、自分の人生を振り返るとき、もしも記憶のない時代が出てきたら、アルバムとこの家計簿を見て欲しい。 いかにして育ったか、いかに可愛がられていたか、そしていかに親のすねをしゃぶったか・・・・家計簿にはアルバムでは伝えきれない過去からのメッセージが満載されている。
 
今後も家計簿をつけ続け、そして大切に保管しておこう。
 
(写真は結婚して2年目のもの)
 

Three resolutions in a year

小学生の頃、お正月になると「一年の計は元旦にあり」」と言いながら、「よ~し日記を書こう」とか「これから毎日早起きするぞ」とか「宿題は必ず遊ぶ前に」とか、いろいろ計画を立てたものだ。 ところが、冬休みが終わり学校が始まる頃には、すがすがしい気持ちで誓ったはずの決意はいつのまにか消滅。 計画どおりに続いたためしがない。 それでも、お正月の伝統が持つ魔法のような力で、懲りずに何年も同じことを繰り返していた。 ・・・・通信教育のチラシがお正月に集中するのも、あの魔法の力が途中で切れてしまうことをわかって利用しているのではないだろうか・・・・ 

大人になってからは、お正月のこんな伝統は完全無視。元旦に新しいことをスタートするのはやめている。 それでも、やはり漫然と生活したくない。自分の生活を1年という区切りの中で評価し向上につなげたい。  そんな私の気持ちにぴったりの方法をアメリカ在住時代に見つけた。

アメリカでは合理的なアイディアを数多く学ばせてもらったが、これはその中の一つ。 ESLで、”resolution=決意”という単語を習った時だった。 先生(50歳代の女性)はNew Year’s resolution=新年の決意 を説明したあと、「人生を生き生きとハッピーに過ごす秘訣の一つはね、毎年、何でもいいから新しいことを3つ始めるの。」と "Three resolutions in a year"  を教えてくれた。 

物事を始め、そして続けるには、出会い・タイミング・必然性が重要な要素。 無理やりお正月にスタートさせるから続かないのだ。 1年の間にスタートはいつでもいいから3つ新しいことを、というのだったら誰にでもできそう。 その時以来、この言葉をいつも頭の隅っこにおいて毎日を過ごしている。 ほとんど忘れている状態に近いのだが、年末まであと少しという今頃になると、「今年の3つ新しいことは何だったかな?」と振り返る。振り返って3つあれば、この1年は充実していたのだと満足することにしている。  

今年私が続けようと決意して始めた新しいこと。  ①ブログ  ②漢字教室のボランティア  ③がなかなか浮かんでこない。  そういえば、先日ドラッグストアで買い物しているとき、Takさんのブログに毎日フロスをした方がいいよと書いてあったのを思い出し、フロスを買ったんだった。 まだフロスを忘れる日もあるが、フロスの効果、必要性がわかってきた。  ということで③はフロスに決まり。

今年も3つクリア! 

(今、気がついたのだが、3つともブログを書き始めてからのことだ。  それ以前にも新しいことをスタートしたような気がするけど、なぜかはっきりと思い出せない。 とりあえず3つ挙げられたのは日記のおかげと喜ぶべきか・・・・以前のことが思い出せない脳の老化を悲しむべきか・・・)

仕事の流儀

毎週木曜日夜10:00からのNHK番組「プロフェッショナル-仕事の流儀」を比較的よく見る。
毎回様々な分野で活躍するプロフェッショナルをゲストに招き、フィルムとインタビューでその人の仕事の流儀をさぐるというドキュメンタリー。 毎回、番組の最後に、ゲストに対して「あなたにとってプロフェッショナルとは?」と聞く。ゲストの言葉は短いのだが重み・説得力がある。
 
昨夜はウィスキーブレンダーと呼ばれる仕事をしている人が登場。いつもの最後の質問に対して彼は「軸がぶれない人。自分の信じた目指すべきものをぶらさずに、徹底的にこだわって、それを実現に向かって努力する人間だと思います。」と語った。(彼の正確な言葉は忘れたので、NHKのHPから引用)
 
次元はぐ~っと下がってしまうのだが・・・・
3日ほど前から息子のためのマットを織っている。デザインは娘のマットのデザインをほんの少し変えただけなので調子よく進むかと思っていたのだが、昨日午後、ふとグレイと焦げ茶の境目の盛り上がりが気になり始めた。段の途中で糸を変える時、糸と糸を交差させるのだが、毎回それをやると盛り上がってしまう。数段に1回の割合で交差させないようにすると、盛り上がりを避けることができる。  最初4段に1回の割合でスタートした。 すでに25cmまで織り進んでいた。
このまま盛り上がった状態はいや、かと言って、この先から3段に1度の割合にしたら、先の25cm分が目立つ、どうしよう、ほどこうか、続けようか・・・・
織機にかけたままのものをほどくのは、編み物をほどくのよりずっと骨が折れる・・・・
でも、決めた。ほどこう。最初からやり直し。 大変だけれども、あの織り始める時のワクワクをもう一度経験できるんだから。
 
夜、番組で「プロフェッショナル」の言葉を聞いた時、ほどくことを決めた自分を少しだけ褒めたい気分だった。
 
(写真はやり直して少し織ったところ)

両親のパソコン

11月3日の日記に、母が私のブログをプリントアウトし、表紙をつけて綴ろうとしていると書いた。私が「見てみたい」と書いたその一言に、母はすばやく反応。その表紙の画像を送ってきた。

 年賀用

絵は母が書き、タイトルは父の字だと思う。 ブログを読むだけでなく、一緒に楽しんでくれているようでうれしい。

父81歳、母78歳。 両親がパソコンを使い始めたのは5,6年前だろうか。最初は親戚の大学生に来てもらって使い方を教わっていた。パソコンに詳しい彼について、母はよく「カタカナ専門用語が多い。説明が速すぎる。説明する前に自分でやってしまうことが多い。」などの不満をもらしていた。若い彼には年寄りの習得ののろさが理解できなかったのかもしれない。 二人にとって、不満はあってもやはり習得の歓びは大きかったのだろう、しばらくは習得そのものを楽しんでいた。

パソコンにはまる人とそうでない人がいるが、父は後者。 公民館のパソコン講座などにも通い、ひととおりのことができるようになった頃、興味が失せたのか、日本画を習い始めたせいか、パソコンからさっさと撤退してしまった。 そのおかげで母はパソコンを独り占めできるようになった。 母は「はまる」タイプだった。 時々わからないことがあると電話で聞いてくる。 パソコンを使っていてトラブった時、機能がうまく使えない時、「なぜ」が頭にこびりついて離れないタイプなのだ。 私はパソコンメーカーのオペレーターよろしく、自分のパソコン画面とと母のパソコン画面を同じにして、指示を出す。「ああ、出来た!」と母が喜ぶ声を聞くとほっとする。  

今ではスキャナもデジカメも難なく使いこなせるようになり、パソコンライフを楽しんでいる。  でも母のパソコンはいまだに98。「新しいのを買えば?」と言うと、「あと何年使えるかわからないもの・・・・」と答える母。  絶対欲しいと思ってるに違いないのだが・・・。 

自転車泥棒?

月曜日夕方6時ごろ、お醤油がなくなっていることに気が付き、近くのスーパーへ行った。
ささっと買い物を済ませ外へ出たところ、私の自転車がない!
「えええっ? どこ? 私の自転車は?」
 
自転車は日常生活の必需品。駅や銀行など街で用事をするときは必ず鍵をかける。でも、我が家の冷蔵庫代わりのスーパーは歩いて6分自転車で2分のところにあり、ほとんど毎日利用するので自転車の鍵はいつもかけない。
 
さては盗まれたか・・・と思いながらまわりをよく見ると、私の自転車と全く同じ自転車が止まっていた。私のよりかなり古そう。「間違えて乗って行ってしまったか、あるいは敢えていい方の自転車を持って行ったか・・・」 だんだん頭に血がのぼる。 その古い自転車をよく見ると、名前は書いてないものの購入した自転車店のシールが貼ってあった。私が買ったところと一緒の店。 シールの下に番号も。  これならもしかして自転車店に購入者の記録があるかも知れない、と思いシールの電話番号に携帯からかけた。幸い記録があるらしく、「調べてみます」と自転車店の人。
 
スーパーの前でただボーと待ってるのはいやだった。かと言って、その古い自転車に乗って帰るのもいやだった。自転車店で持ち主を調べてもらう間、私はテクテク家へ歩いて帰った。家から、再度自転車店へ電話すると、古い自転車の持ち主がわかったと言う。
「でも、その方の電話番号は教えられませんので、こちらから伝言をお伝えしますが・・・」
「私の家に電話するように言ってください!」と私の電話番号を伝える。  自転車を取られた私が番号を教え、取ったやつの番号は守られるの?変。
 
しばらくして電話が鳴った。60歳代くらいの男の人の声で、
「あの~、○○ですが、・・・・」そしていきなり「私の自転車はどこにありますか?」う~ん、失礼なやつ。しかも、酔っ払い風の喋り方。
「××スーパーの前にまだありますよっ! 私も今から行きますから、すぐに私の自転車返しに来て下さいっ!」ガチャン。
 
私の自転車に乗ってスーパーに現れた男、やっぱりろれつのまわらない喋り方で「すいません」とだけ言って、古い自転車に乗りかえて立ち去った。
自分の自転車に乗るとき、気のせいかサドルが生あたたかく、いや~な気分だった。
 
翌日、その話を知人にしたら、「あら、私なんかもう自転車4台も盗まれてるのよ。」と言われた。
取り違えただけだったから、良かったのか・・・。でも今後、私の自転車には赤いリボンでも結んでおこう。

お日様、ありがとう

畑でいきいき育つ野菜たち。
小さな小さな種が、お日様と水と土の栄養だけで、こんなに立派に成長。
友達におすそ分けしたら、「作るのが上手ね」と言われた。
「私たちが上手なんじゃないのよ。お天気がよかっただけ。」 
 
自然に感謝!

久しぶりの買い物

久しぶりに洋服を買った。
車で30分のところにあるショッピングセンター。百貨店・映画館・ジム・大型スーパーなどが集まっていて、なかなか楽しい場所。いつもなら夫と一緒に行き、中は別行動、時間を決めて本屋で待ち合わせというパターンなのだが、夫は前日から登山に出かけ留守だったので、今回は私一人でのんびり。
このところずっと洋服を買っていなかった。1年のほとんどはジーンズの生活。だからジーンズはちゃんと専門店で買うのだが、後はユニクロスタイル。子供たちがまだ家にいた頃は、PTAの集まりだ、ボランティアグループのパーティだ・・・と、少しよそ行き感覚で出かけることもあったのだが、このところほとんどそういった機会もなく、あってもあり合わせで間に合わせていた。
ジャケットを買おうと思っていた。久しぶりだったせいか、驚いたのは値段。 洋服の値段の相場が完全に私の頭の中から抜け落ちてることに気が付いた。
「ええ~こんなに高いのか~。」 ちょっと素敵と思って値札を見ると2万円は超える。 あちこちのお店で試着する。一旦いいものを見て試着し気に入ると、後はどんなに安いものがあっても、買う気がおこらない。
ひと通り回って、候補3点に絞る。でもA店とB店は同じビル内だが、C店は300mほど離れた別のビルにある。その3店を何度も行ったりきたり。「似合ってるよ、買えば?」と誰か背中を押してくれればいいんだけど・・・。店員さんの勧めだけではなかなか決められない。途中、コーヒー店で少し頭を冷やして、再びお店へ。
結局、思い切って一番気に入っていた、ジーンズにもスカートにも合いそうなコールテンのジャケットを買った。思っていたよりずっと高かったので、一緒に買おうと思っていたスカートはあきらめた。
買い物 003
この日、買ったのはジャケットの他に、
ポット・・・電気湯沸しポットが壊れてしまったので、今度は卓上保温ポットに。
本・・・さくらももこの「おんぶにだっこ」・・娘用
    村上春樹 「ダンスダンスダンス」・・・Tさんのブログによく出てくる村上春樹。
    読んだことがなかったので、ちょいと手にとってぱらぱらとめくったら、
    「いるかホテル」の文字が目に入ったので、買ってしまった。
それにしても買い物は楽しいけど疲れる。

泣き虫

昨夜テレビを見ながら泣いた。
「泣きながら生きて」・・・ある中国人一家の10年間の取材記録から製作されたドキュメンタリー番組
親子の再会、別れ、涙・涙・涙・・・・  
 
私は小さいときから「泣き虫」だった。嫌いな食べ物が夕飯に並んでいるのを見ただけで泣いた。親に怒られそうと思っただけで悲しくて泣いた。
18歳で東京の下宿へ引っ越す時、家族みんなが駅まで送りに来てくれて、涙が止まらなかった。一緒に上京してくれた母が家へ帰るときも朝から泣いていた。数日間、家を思い出すたびに、教室でも、電車の中でも、歩きながらでも泣いていた。
その後7年間、東京で一人で暮らしている間、泣いたこともあったが思い出せない。知らず知らずのうちに美しくない涙は記憶から消してるのかもしれない。
 
結婚式当日の朝、両親から「どうせ泣くから挨拶はいいよ」と言われた。
息子が小学4年、娘2年の時、夏休みに二人だけで田舎に行かせることになった。上野駅まで一緒に行き、列車が出るのを見送った。もちろん涙・涙。家へ帰るまでの1時間、東海道線の中でずっと泣きっぱなし。子供たちはうれしそうだったのに・・・、しかも私が計画したことなのに・・・。
 
娘の留学先を訪ね、その帰り空港で別れた時、コペンハーゲンの空港で別れる時、飛行機の中でしくしくしくしく・・・。
今年も、一時帰国していた娘たちがスウェーデンへ戻る時、駅からの帰り道やっぱり泣いた。涙を無理やり押しとどめ、スーパーへ買い物に行こうとして、途中友達に会った。「今日、娘がね・・」と言いかけた瞬間もう涙。
 
お互い幸せなのに・・・なんで涙が出るんだろう。
 

新しい近況報告手段

先日、友人のAさんからメールをもらった。彼女とはニューヨークにいた頃知り合い、お互い帰国後は年賀状の行き来程度の付き合いだったが、昨年久しぶりに会って意気投合。その後、子育て中の彼女と会える機会は少ないのだが、時々メールでお互いの近況報告をしている。
今回も、返信メールに近況をと思ったが、「え~い面倒くさい。ブログを見ればすべてがわかってもらえる。」と、ブログのアドレスを貼り付けて送った。すぐに彼女から、「手に取るようにYukoさんの日常がわかります」と感想を送ってきた。
 
今日も一人、市内に住む仲良し友人にブログの存在を教えた。今後、彼女は私の日常を知っており、私は彼女の日常を知らない。この情報量の違いは、次に会った時の会話に果たして影響があるのかどうか、注目したい。
 
ところで、ニューヨーク時代(15年前)、当時はインターネットもなく、友人・家族には主に手紙で近況報告していた。ところがこれがひと仕事。同じような内容の手紙を数人に書いて出すことを毎月のように繰り返す。親しい友人グループには、この手紙を回覧してくださいなんて書いたことも。
手紙を出すことに疲れてきた頃、ファミリー新聞なるものを思いついた。子供たち各々に原稿を依頼。学校や補習校の様子・家族旅行の感想などを書かせ、集めて私が編集。もちろん私の原稿も入れ、すべて手書きで新聞を作る。これを図書館でコピーし、夫と私の実家、友人、そして日本を離れるとき子供の担任だった先生にも発送。もちろん好評だった。
 
現在それに近い役目をしているのが私のブログなんだろう。
日記なんてとても恥ずかしくて人に見せられないと思いつつ始めたブログだが、コメントを下さる方たちのおかげで、今では読まれることを前提に書くようになっている。夫は私の文章より、いただいたコメントを喜ぶ。コメント者たちのファンだ。子供たちも母親の日常を知り安心しているだろう。私の母は「忙しくて大変なんじゃないの?そんなに毎日せっせと書かなくてもいいよ」と心配しつつも「毎日パソコンを開けるのが楽しみよ」と言う。ブログの画面では読みづらいので、文章をワードに貼り付けて、字を大きくし、プリントアウトして読んでるとの事。その紙も随分たまってきたので、アイコンのお花のスケッチを表紙に全部綴ろうと思っている・・・とか。気恥ずかしいけど見てみたい。

広がる波紋

毎日新聞テレビで報道されている高校必修逃れ問題。うちには高校生もいないので、「一体どんな風に収拾するんだろう?」と半ば興味本位でみているのだが、最近、案外身近な人にも僅かながら波紋が広がっていることを知った。
 
私の通っているスポーツクラブで水泳指導をしているWコーチ。指導が的確でおば様たちの評判もよく、上級クラスを担当している。年齢は20代半ば。新潟県出身の長男。大学卒業後、将来は家の跡取りとして新潟へ帰るべく、毎年新潟県教員採用試験を受けているのだが、毎回不合格。
 
先日彼曰く、「僕は地理・歴史の教員免許を持ってるんですよね。今回の問題で疑問が湧いてきたんですよ。もしも学校側が正規のカリキュラム通り授業を行っていれば、僕は合格してたんじゃないかと。」 本来必要とされる社会科の先生の採用数が学校の不正によって減っていたのは確か。彼は、半ば冗談交じりに語っていたが、やっぱり悔しそう。
 
Wコーチには、「来年は採用数大幅UPで絶対受かるよ」と言ってあげたいけど、なにぶん人気の高い優秀コーチ、いなくなるのは、おば様たちとても困る。
波紋はかなり広い範囲まで広がってる。

マット完成!

火曜日はいつもなら午前中はコーラス、午後は手織り、夜に別のコーラス、と週の中で一番忙しい日。
ところが昨日は、コーラスの先生の体調が悪くて急遽お休み。手織りは第5週なのでお休み。夜のコーラス練習もお休み。
期せずして一日家にいることになり、おかげでマットを仕上げることができた。(サイズ 60cm×120cm)

 
先週末収穫し、庭で乾燥中の里芋
さといも

大根もぼちぼち収穫期。今日もお天気がいいので、畑へ行って写真撮ってこよう。