道具その1

昨年、自宅で手織り始めるにあったて、手織機の他、様々な道具を買い揃えた。 いずれも、織物に携わる人たちによって考案され、改良され続けて完成された道具はいずれも機能的で美しい。

道具1 003

上は、杼(シャトル)と呼ばれる道具で緯糸を左右に渡すために使う。 ローラーがついているものや、先がもう少しとがったものなどいくつか種類があるようだが、私は写真のものを3本買った。

握り心地がなんともいい。 杼を左右に渡す度に、中に通した糸巻きの回転する音が聞こえる・・・・・スルースルー。習い始めの頃は、握り方もぎこちなく、何度も先生に矯正され、ようやく正しく握れるようになった。 これから何年も使う道具。大切に扱いたい。

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鳥の仕業

今年の冬は例年に比べ非常に暖かい。 玄関脇になっている甘夏の黄色もいつもより濃いような気がする。

みかん 004

・・・と思ってよく見ると、てっぺんになっている実がすっぽり食べられてしまっている。

みかん 003

こんなことは初めて。  厚い皮をかきむしって食べるなんて余程強いくちばしをもってるやつの仕業・・・もしやカラス?? いまのところ犯行現場を目撃していないので、何ともいえないが、確かなのは甘夏がもう「おいしい」ということ。

今日は一日忙しいので、明日、収穫。

中国への小包

上海にいる息子が、こちらで預かっている彼の自転車部品を送ってくれと言ってきた。

彼が自転車で遠出を楽しむようになったのは、高校生の頃。以来ずっと自転車を乗り回していて、現在住んでいる上海でも休日は自転車を楽しんでいるよう。

「いいよ」と返事したものの、待てよ、自転車部品は送れるだろうか・・・・。 前回電子辞書を送ろうと思って郵便局へ行ったら、「没収される可能性あり」と言われて送るのをやめたのを思い出した。

郵便局のホームページで調べると、禁制品の中に「自転車」が・・・・。 「自転車の部品」だったら大丈夫? 他にも時計、カメラ、テレビ、ラジオ・・・・。 そして値段は1件につき1000元を超えないこと書いてある。 部品はいくらだろう。

上海まで飛行機で3時間。 経済が急成長し、物・人の往来がかつてないほど頻繁になっている上海。 うっかりボーダレスと勘違いしそうだったが、思わぬところでぶつかる国の壁。 この壁、結構厚い。

あきらめよう

土曜日朝、夫の留守中(いつものジョギング)、義兄から電話。義兄の還暦と義父の米寿のお祝いを3月○日に行うので都合はどうかという内容だった。○日と聞いた瞬間、「まずい!」と思う。 手帳で確認した。 やはり、夫のフルマラソン大会当日だ。

「この日はマラソンに出る予定なんですけど・・・・」。「そんな年寄りが、マラソンなんか・・・・」と義兄。「はい、そうです。もちろんお祝いの方が大切なので、マラソンはキャンセルします」と即座に答えた。

夫が知ったら、がっかりするだろうと思った。 フルマラソンは初挑戦。 昨年の8月にエントリーしてから、ずっとそのために練習の距離を伸ばしてきた。 このところの話題はいつもフルマラソンだった。 会社の駅伝も、市主催のハーフマラソンもフルに向けての前哨戦のつもりだった。

夫がジョギングから帰り、「今日は調子よく走れたよ」とにこにこ顔。 心の中で「ごめん」と言いながら、お祝いのこと、キャンセルのことを告げた。 夫、一瞬固まる。

夫の実家の行事なので、もちろん夫から不満めいた言葉は出ないが、あきらかに力がすっぽり抜けた様子。「そうか、○日なのか」を何度も繰り返す。

「マラソンは来年もあるけど、お祝いは1回きりだからね」と慰める。

もしも私のコーラス発表会が重なっていたら・・・グループの人たちに確実迷惑をかけることになる。すんなり受け入れられるだろうか?  ともかく重ならなくて良かった。 マラソンは個人競技。迷惑をかけるわけではない。 気持ちを切り替えよう。

夫の実家に行ったついでに、私の実家に寄ることができる。 母が新しいパソコンを買いたがっているので、その時一緒に買いに行こう。

マラソン

祈る

毎日のようにコメントをくれてたutaさんが調子悪そう。 自分のブログを開く・・・コメントはまだ来てない・・・・彼女のブログを開く・・・彼女のコメント欄にも返信がない・・・・かなり悪い状態なのかなあ・・・心配。

彼女からコメントをもらったのは、私がブログを始めてすぐの頃。以来、ほぼ毎日コメントをもらってきた。彼女に褒めてもらいたくて、せっせと手作り品の写真をブログに載せた。 彼女のコメントはいつも軽妙で、夫はすぐに彼女のコメントファンになった。 彼女の以前のブログも読ませてもらったので、かなり彼女のことを知ったつもりでいた。

でも実は何も知らない。 彼女の顔も(会ったこともないのだから当然)彼女の調子が悪い理由も。

私がブログを書くとき・・・誰でもアクセスできるように設定しているので、プライベートなことを書いたとしてもあくまで覆面をかぶっている。 少しオブラートに包んだりもする。 そして、本当に恥ずかしいこと、相手が読んでいやな気持ちになりそうなこと、人の悪口、愚痴・・・これらはできるだけ書かないように努めてきた。 自分の出したい部分は書く、隠したい部分は書かない。

多分ブログを書いている常識人は大方そうだろう。 相手のブログを何年分読んだからと言って、相手のことをすべて分かっているわけではない。 知っているのは、ほんのほんの一部だけ。

私はブログ上の彼女しか知らない。 それでもブログ上で築いてきた信頼は確かだと思っている。 

私が彼女にブログ上でしてあげられることはないのだろうか? やはり、今は彼女の回復を祈るのみ。

は~やく元気にな~れ!

エネルギー・・・与えて、もらう

静かに過ごそうと思っていたのだが・・・

昨日、水泳から帰って昼食をとっていると、丘の上のKさんから電話。

「パソコンが変なの・・・。忙しいですか?」とKさん。「いいえ、大丈夫。じゃあ30分後に伺います!」と元気よく応えた。Kさん宅に着いて、パソコンのトラブル(極々小さなもの)を一つずつ解決。 これだけなら30分で終わるのだが、いろいろ話が間に入るので、結局2時間居た。 

お茶を飲みながら、ふとテーブルの雑誌に目をやると、表紙に「堀文子」の文字が・・・。 Kさん日本画も描かれるので、「堀さんの絵、素敵ですよね。彼女は隣のO町に住んでいらっしゃるんですよ。」と私が言うと、「この雑誌、堀文子の名前につられて買ったの。そんな近くにいらっしゃるなんてもう・・・・・」と感激された。

ひょっとして、Kさんは白州正子ワールドも好きかもしれないと思い、手織りの先生のお宅の敷地は、かつて白州正子の実家の別荘地だったことをお話すると、これにも感激。 先生の作品展示会があったら是非知らせてほしいと頼まれた。 

Kさんに私のエネルギー少し伝わったかな?

夜、漢字教室。 先々週から始めたA君(20歳前の若者)。 お父さんが日本人なので、日本語は問題ないのだが、漢字が書けない。 日本の大学を目指しているというから、やる気が感じられる。 

私も若い人からエネルギーをもらっている。

米袋

アメリカンアンティークキルトの中に、古い粉袋・・・feedsackが使われたキルトがあった。とても元粉袋とはおもえないかわいらしいプリント柄。 何でも、粉用の袋をカラフルなプリント柄に変えたら、ものすごく売れたんだそうだ。

そういえば、我が家にも米袋がある。 毎回夫の実家から送られてくるお米は布の袋に入っている。

風呂敷・ふきん 002

↑暮れに送られてきたお米は、手ぬぐいを2枚あわせて周りを手で縫った袋に。もちろん義母の手作り。 今回は量が少なかったので手ぬぐいサイズの袋だが、いつもはもっと大きい。↓風呂敷・ふきん 001

実家の地域では慶弔の引き出物の量が大きいので必ず大判の風呂敷がついている。親戚の慶弔が度重なると風呂敷の数も増える。 義母はその風呂敷を二つに折り、周りを縫って米袋を作る。

送られてきた米袋・・・義母が手で縫ったと思うと、とても捨てる気にはなれない。私はその都度糸をほどき、再び風呂敷として使う。風呂敷は大判で軽い。冬物衣類と夏物衣類の入れ替え時の衣類の移動や、クリーニング店に衣類を持っていくとき等に重宝している。

2007 東京国際キルトフェスティバル

毎年東京ドームで開かれる東京国際キルトフェスティバルに行ってきた。今回が5度目。 日本最大のキルト展で全国からキルトファンが集まる。 今年は開催日が少し増えたので、来場者は少し減っているかと思ったが、なんのなんの・・・すごい人人人。

今年の企画の目玉は ①第一線のキルト作家70人の作品 ②アメリカン・アンティークキルト ③韓国のポジャギと日本刺繍展 ④キルトコンテスト ⑤フレンドシップキルト(テーマ・・・バスケット) 

私とキルト仲間は毎年⑤のフレンドシップキルトに参加している。 参加といっても、与えられたテーマのデザインで20cm四方のパッチワークを作り実行委員会に送るだけ。 デザインも布の選択も自由。 委員会では、全国から集まった20cm四方の布を配色・デザイン等を考慮して並べ、ベッドカバーサイズに縫い合わせてキルトとして仕上げる。今年も全国から9600枚の布が集まったらしい。

今年も、まず会場に入ると自分たちの布がどこに使われたか見に行った。 

キルト展2007 001 

私のは、右から2列目、上から4番目。

その後有名作家の作品やコンテスト入賞作品を見学。 もちろん素晴らしい作品ばかりなのだが、実用のキルトというより、もはやアートの世界になっており、親近感はない。 その点アンティークキルトには、汚れや擦り切れなどの使った証が残っていて、気持ちが引き込まれる。

作品見学の後はお買い物。 パッチワーク用材料を扱うお店が全国から集まり出店している。その数200店以上。来場者の多くはここでのお買い物も大きな目的の一つ。 最近の傾向を知ることができるし、地元では手に入らない材料も買うことができる。 

初めて来たときは、買い物にも夢中になっていたが、最近は私のキルト作りへの情熱が少し薄れているせいもあって、淡々と見て回った。 ここ数年の流行は「和風」。 古布を扱っているお店が多い。 歩き回る中で私が気になったのは裂き織りのベスト、ジャケットやコート。 これらを扱っているお店は多くはなかったが、見つけるとすぐにデザインや配色などを頭にメモする。 

今朝8時半に仲間とH駅で集合し、H駅で解散したのは午後4時半。 昨日の、午前中・コーラス、午後・手織り、夜・コーラスというハードスケジュールに続いての東京一日トリップ。 外の刺激は充分受けた。 明日は少し静かに過ごそう。

(印象に残ったキルトはフォトコーナーにアップしたのでどうぞ)

マフラー、とりあえず終了・・・次は

昨夜、マフラー(白・・・2本)を織り終わり、房の始末をした。 後は洗って縮ませ、乾かして完成。 マフラーは合計16本織ったことになる。  出来上がるたびに、家族、友人にプレゼントし、今手元にあるのは7本。 手元に置いておきたい気持ちと、誰かにプレゼントしたい気持ちと半々。

   マフラー白

先週、次の作品(娘の結婚式の引き出物)について先生に相談した。 試作として麻を織ってみましょうということになったのだが、麻を織るのは初めて。 糸に伸びがないので織るのは難しいのだと聞いた。 果たしてうまく織れるだろうか・・・。

麻糸

二日前、先生からわけてもらった糸を糊付けして乾燥。 紺の糸は木綿と麻が混ざっているので、それほどでもないが、白の麻糸はたしかに、ゴワゴワ、バサバサしていて、扱いにくい。 ずっとウールを触っていた手が、拒否反応をおこさないといいのだが。

豚年?

今年の干支は「いのしし」。 でも中国では「豚」らしい。  そこで思い出した私の豚の縫いぐるみ・・・名前はバムセ。

パムセ2 

バムセはアストリッド・リンドグレンが書いた本の主人公”ロッタ”のお気に入りぬいぐるみ。朝から晩までずっと持ち続けているので、もう汚れてよれよれのぬいぐるみだ。

ある時、借りてきたビデオがこのロッタちゃんシリーズだった。兄、姉がいる末っ子ロッタは甘えん坊で、頑固。早く大きくなりたいと背伸びして、いろいろトラブルを起こす・・・。ロッタを囲む暖かい家族、お隣のおばあちゃんに見守られ、のびのびと育っているロッタは、抱きしめたくなるくらいかわいい。

映画を見ながら、どこかで見た覚えが・・・と思ったら、昔、娘に買ってやった絵本のストーリだった。 著者がアストリッド・リンドグレンで彼女がスウェーデン人ということを知ったのもその時だった。 彼女は「長靴下のピッピ」や「やかまし村の子供たち」などの児童書の著者としても有名である。 すっかり彼女の本に魅せられた私、娘のいるスウェーデンを初訪問した際、行きたい場所のリストとして、ストックホルムにある彼女のミュージアムを挙げた。

ミュージアムはリンドグレンが生み出した主人公たちの世界をミニチュアで再現。 子供だったらすっかり自分が主人公になったような気分になれる楽しい場所だった。 何か記念になるお土産をと買い求めたのがこのぬいぐるみ。 

普段はピアノの上で寂しそうにしているのだが、今日から、食卓の空いている椅子にでも座らせようか。 

祝 記録更新

夫の会社では、毎年駅伝大会が行われる。かつて造船部門があった町で開催されるのだが、今年第60回と歴史のある駅伝。会社社員のみならず、市民・周辺の関連会社・大学等からも参加する大掛かりな大会だ。 1周8kmを2周分、5人1チームで走る。 今年も約90チームが参加。

夫の仕事は造船とは全く関係ないのだが、ジョギングを趣味にしていることから、4年前、メンバーを探していたチームから声がかかった。 夫の任されたのは最終区間、坂道ののぼり約3.5km。 参加初年度、「えっ? Tさん、結構走るじゃん」という印象を与え、次回から声がかかるようになり、今回は4度目。 

土曜日、夫は早朝でかけて行った。生憎お天気は予想に反して、今にも雪が降りそうな曇り空。 大会が始まる時間帯にはチラチラ雪混じりの雨も降ってきていた。「かわいそうに・・・」。 

夕方、夫がほろ酔い気分で帰ってきた。「結果は?」と聞くより早く、「記録を更新したぞ!」と、ニコニコ顔。何秒更新したのかは言わないが、ともかく年齢に逆行して更新できたことは素晴らしい。

日頃の練習が功を奏したのか、寒い天候が幸いしたのか、あるいは、朝食のお雑煮が効いたのか・・・いずれにしてもめでたしめでたし。

応援に行かなかったのが、少し悔やまれる。 この日の朝も、「ねえ、応援に来ない? 来てくれてもいいよ。」と夫は来て欲しい様子だった。私は「公民館の打ち合わせがあるからだめ」と言ったものの、実は「応援」については苦い思い出があり、絶対行かないと初めから決めていた。 

夫が初参加の時は、応援に出かけた。 大会終了後、チームおよび職場の皆でバーベキューパーティをするのが恒例になっていた。 夫も私も初めてだったこともあり、自由に飲み食いする間、夫はずっと私のそばにいて、あれやこれや気を使ってくれた。 ところが、2度目の参加で応援に行ったとき、夫は私をほったらかし。 離れたところでチームや職場の人とビールなんか飲んで楽しそうに喋っている。 私は輪の外にいる。 「私はTさんの妻」を意識しすぎたのか、どうも勝手にその輪の中に入っていくことができない。「どうして、一緒にいてくれないの!」「どうして、こっちへおいで、と誘ってくれないの」・・・・私の顔はゆがんでいたのだろう。世の中には気の利く男性もいる。私の不満げな様子を察知した人がいて、「奥さん、どうぞどうぞ、はいお箸を・・・」などと言ってくださる。 もう私の気持ちは完全に出遅れているので、そんな親切はかえってあだとなる。 完全に頭に来てしまった私、「先に帰る」と一言残して、帰ってきてしまった。

帰りの電車の中で泣きながら、それでも考えた。 夫が気が利かないことは結婚したときから分かっていること・・・なのに何故そんなこと期待したんだろう。  そもそも、私が夫より一歩控えている妻を演じようとしたのがいけなかったのではないか。 Tさんの妻じゃなく、最初からいつものようにT.Yukoでよかったのではないか・・・・反省、後悔しつつも、「2度と応援には行かない」と思った。

でもこうして書いていると、やっぱり必死に走っている夫を応援すればよかったと思う。 来年は応援、行くかもしれない。

今年の参加賞・・・コンバースのスポーツタオル、パーカーのボールペン

 参加賞

友人宅訪問

ニューヨーク時代の友人Sさん。 私より少し年上。 ご主人は夫と同じ会社に勤めている。 Sさん夫婦がニューヨークに来たのは、我々よりも1年ほど後。 生活の面では私の方が先輩だったが、彼女は元小学校教師・・・教育のプロとして、我が家の教育相談にのってもらっていた。

帰国後、彼女は愛媛県西条市に住んでいたので、一度、私が遊びに行っただけで、頻繁に会うことはできなかった。 数年前彼女が埼玉県に引っ越して以来、1年に1度は会えるようになった。 昨日も、電車で2時間、戸田公園にある彼女宅を訪問してきた。

Sさんとは、性格が全く違うにもかかわらず、何故かしらお互い引き合う。 彼女は「自分は不器用」と言って、私の「器用さ」を認めてくれている。 私は彼女の「見る目」を信じている。 

昨日も、着いた早々見せてくれたのは、ホームスパンのショール数枚と裂き織りのベスト。いずれも「目の玉が飛び出る程の値段」で買ったもの。 本物ばかり。 

ニューヨーク時代、毎日のように会ってはいたが、当時の共通の話題は「教育」「キルト」で、彼女が、今の私の興味の中心である織物の類に惚れ込んでいたなど全く知らなかった。 

彼女から手織りを薦められたわけでもなかったのに、期せずして再び繋がった共通の興味。 話は尽きなかった。 青森の「ゆずりは」、そうそう盛岡の「光源社」も出てきた。 私「いつか行ってみたいよね」、「連れて行ってあげたい」と彼女。仙台で「藍」を本格的に育てている彼女の友人に会わせたいとも言っていた。 こりゃ、ちょいと1泊で東北を、というわけには行かなくなったぞ。 

Sさん夫婦と一緒に過ごしたニューヨーク時代、娘は小学校6年生だった。その娘が今は27歳、6月結婚予定。 夫婦でスウェーデンでの結婚式に出席してくださるという。 生涯大切にしたい友人夫婦だ。 

戸田公園

枝豆味の乾燥大豆

昔から「豆類」が大好きである。母は、私が母のお腹にいたとき、どういうわけか無性に小豆が食べたくて、よく小豆を炊いたと言っていたので、そのせいなのだろうか。 

小豆・金時豆は、いつも市販の乾燥豆を買ってきて砂糖をうんとひかえて煮るのだが、大豆の乾燥豆だけは、あまりおいしくないので、買ったことがなかった。大豆を水煮にした缶詰やパック詰めも匂いと歯ごたえがいまいち好きになれない。大豆は大豆そのもを食べなくても、豆腐・油揚げ・味噌・納豆などの大豆製品があるのであえて大豆を煮てたべることもないとあきらめていた。

ところが、先日最高においしい大豆を手に入れた。手織り仲間のNさんがいつも買っているという大豆。「絶対おいしい」との保証付きだったので、Nさんを通じて一袋買ってみた。 

水にしばらく浸してふっくらさせたあと、だし汁で煮る。 途中ほんのちょっぴり塩を入れる。 ちょうど枝豆くらいの硬さに煮ると、まさに枝豆の味と同じ。 乾燥大豆のあの変な匂いがまったくない。 これなら枝豆好きにとっては、枝豆のない冬場も楽しめる。 食べだすとやめられないくらいおいしいのだ。 娘の彼は枝豆ファン。 3月に来日したとき、食べさせてやろう。 そうだお土産にも持たせよう。

大豆

血圧計

3年ほど前だったか、香典返しにカタログが送られてきた。 「我が家にない」理由で選んだのが血圧計。 届いてすぐは面白くて夫と一緒に何度も計って比べて遊んだ。

血圧計 

その年の冬のある日、夫が朝起きがけに血圧を計ったら140を超えていた。 血圧計で計るようになってからわかったことで、それまでも冬場は高かったのかもしれないが、もちろん気がつかなかった。 以来、健康オタクの夫は、冬に限ってだが、ほとんど毎朝計る。 140を超えると、深く深呼吸してもう一回。 139だったりすると、「セーフ」と言って喜ぶ。140を少しでも超えると、何度も計る。 どうしても140を切らない日は、何となく気になる様子。

その後、会社でめまいを起こし、同僚に付き添われて会社近くの医院へ運ばれたことがあった。 もしや、脳の血管が破れたか!と思ったが、診断の結果は、幸い全く心配のないものだった。 しかし血圧が気になっていた夫は医者に相談、血圧の薬を処方してもらった。 以来、かなり弱いものだが、薬を飲んでいる。 薬のおかげか、夫の血圧が140を超えることはほとんどなくなった。 

しかしやはり冬場はかなり気を使う。 起きる30分前には部屋を暖めておきたいので、毎晩寝室、居間のエアコンのタイマーをセット。 朝の夫の様子にも注意を払う。 妙に元気だと「血圧高め?」と、血圧低めでだらだらムードの私は、つい思ってしまう。 

年齢と共に気になりだした健康。 この血圧計、今後も益々活躍することは間違いない。

ミニチュアきもの

いつも私にコメントを下さるsakautaさんの一昨日のブログに、和布で作られた巾着の写真が載っていた。 それを見て、母が2年ほど前、ミニチュアの着物を作って写真を送ってくれたのを思い出した。

右の布は新しい布。 左の布は、本物の古い布で、七五三あるいは春・秋のお祭りに着る晴れ着だったもの。 ミニチュア着物の長さは30cmくらい。 ちゃんと裏もついている本当の着物のミニチュア版。

母は数年前、人形作りに夢中だった。お人形の顔はほとんど同じなのだが、髪型・衣装を変えて洋風・和風のお人形を次々と作ったいた。 その衣装作りから、ちょっと横道にそれ、ミニチュア着物を作りだしたようだ。 

このミニチュア着物を見た近所の方から、ある日、「自分の持っている着物で作って欲しい」と頼まれたそうだ。 目が疲れるので、人様のものまでは、と思っていた母だが、その方にとっては余程思い出のある着物なのか、随分熱心に頼まれ、結局作って差し上げたらしい。 

果たしてどんな思い出だったのだろう。 その方が着た時の思い出だろうか、それとも嫁ぐときにその着物を持たせてくれたお母さんの思い出だろうか・・・・

写真のミニチュア着物、今はスウェーデンにいる娘のところにある。

揺れる

築30年ほど経つ家に住んでいる人は、多分私と同じような悩みを持っているのではないだろうか。
 
リフォームか新築か・・・・
 
普段二人だけで生活している分には、「家」に対する不満は多少あるものの、その不満にふたをして何とか表に出てこないようにしている。ところが、お正月前後1週間、息子がいたせいか、蓋の隙間に空気が入り込み、くすぶりだした。
 
寒い、間取りが悪い、地震に耐えられるか・・・・などなど。
 
自分たちの寿命を考えてみる。いいところ30年。 この家、このまま30年はもたないだろうなあ・・・。
かといって、10年後、20年後に建て替える体力が我々にあるだろうか。
じゃあ、今は?・・・・とりあえず、もったいない。
リフォームは?・・・今の不満の解決にはならない。
いっそ引っ越そうか?・・・いやいや温暖な湘南のこの地を離れるには余程の理由が必要。
 
燻っている不満があるものだから、つい先日も、本屋でぶらぶらしていると住宅雑誌に目が行った。 いいなあ、新しい家・・・・。パラパラページをめくりながらしばし夢を見たあと、本棚の反対側へ回ったら、「自給自足」という雑誌のサブタイトル「築100年の家を探して」が目にとまった。
中はゆっくり見なかったものの、古い家を上手に改造して暮らしている人たちが紹介されていた。 そう言えば、手織りを始めたとき、そして手織り機が部屋に運ばれたとき、「これから私には手織りがある。家が古くったって全然平気。もう私は何も要らない。」と思ったばかりなのに。
 
いずれきっかけというものが出てくるのだろう。それまで揺れながら待つしかなさそう。

表紙No.2・・・富士山

日曜朝、母から電話。 「スキャナーを使おうとしたんだけど、壊れているよう。どうしたらいい?」と言う。 近くに住んでいれば、「じゃあ、後で見てあげる」と言えるのだが、こんなに離れていてはどうしようもない。 プリンタも調子が悪いといっていたので、修理するより、スキャナーとプリンタが一体になってるものを買ったほうが話は早いのだが・・・。「ところで何に使いたいの」と聞くと、「描いた絵をあなたのところへ送りたい」とのこと。 「な~んだ、それだけ?だったら写真でいいよ」と言ったら早速送ってきた。

裕子の日記4 

お正月、ブログにアップした富士山の写真が美しかったので、描いてみたくなったそうだ。 日本画を習っている父に刺激されたのか、あるいは父の絵に不満を持ちつつ口出しできないフラストレーション解消のためなのか、いずれにせよ、一生懸命になれるものがある、表現したいものがあるというのは好ましい。

この絵はタイトルどおり、私のブログの表紙。 母が毎日プリントアウトし、まとめてつづるためのもの。1枚目はアイコンの「味噌川草」だった。 もう2冊目に入っているのか・・・。 

それにしてもうれしい。 とりわけうれしいのは表紙が父の文字と母の絵の合作であること。 姉と弟に挟まれ、とかくひがむことが多かった私。「私だけがもらったんだよ~、私のためだけのプレゼントなんだよ~」と自慢したい気分。

遅いにもかかわらず・・・・読む

昨夜ようやく「海辺のカフカ (上・下)」を読み終わる。 いつものことだが、いつから読み始めたか忘れてしまったくらい読むのに時間がかかった。  それでもとにかく読み終えたのだから、満足。 ブログで村上春樹ファンが随分多いことを知り、恥ずかしながら初めて読んだ村上作品・・・・言葉は平易だが、内容は、う~ん、深かった。 途中、不思議なことに、物語の中の登場人物のイメージが時々Takさんやsakautaさんのイメージに重なったりした。 どういうわけなんだろう。

次に読むべき本が部屋に山積みになっているにもかかわらず、午前中本屋でまた買ってしまった。

book 

この3冊の他に、夫のリクエストで「3時間台で完走するマラソン」も買った。 

夜道を行けば・・

木曜日、漢字教室の終了後、ボランティア仲間のYさんと一緒に帰った。 私の家と駅を一直線で結んで少し伸ばした先に彼女の家がある。 同じ方角なので、前回も自転車で一緒に帰ったのだが、今回は自転車はおりて、歩いた。 日中歩道を自転車を引っ張りながら2列で歩くのは、周りに迷惑をかけるので、とてもできないことだが、夜9時ともなると歩く人も少ない。 おしゃべりしながら夜道を歩いた。 駅と家との距離は徒歩約30分。 普段とても歩く気にはならないのだが、話し相手がいると楽しく、30分なんて全く気にならない長さだった。 

話のメインは彼女の年末のインド旅行。 女友達と二人で旅行・・・定年を過ぎた夫たちを留守番させて・・・。そう言えば、彼女、昨年夏も娘さんと一緒にアメリカを旅行している。 京都弁でゆっくり話す彼女の静かな行動力にちょっと驚き。 それにしても熟年女は元気だ。

お土産にインドのお茶「チャイ」を頂いた。

早速、そのチャイを作って飲んだ。 さほど強くないスパイスの香りが漂う。 チャイはミルクに紅茶を煮出したものかと思っていたら、紅茶の他にいろいろスパイスが入っている。(カルダモン・シナモン・ジンジャー・クローブ・ブラックペッパー、ホワイトペッパーなど。)

これからの寒い朝にはぴったりの飲み物でうれしい。

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冬でも育ってる

一昨日、畑へ行った。 ここしばらく行っていなかったので、畑が荒れているのではと心配だったが、野菜は順調に育っていた。 お隣さんの畑のまわりは、最近草取りをされたのか、とても綺麗。 うちはぽつぽつ雑草が生えている。 この地方は冬の間も温暖で、雑草もよく育つ。 お日様はぽかぽか、風もない日だったので、一時間ほど草取りに費やす。

初めて挑戦したブロッコリー。収穫を期待していたが、まだ食べるには小さいようだ。  

                     ブロッコリー

昨年通常より遅くに種を蒔いた大根はようやく食べられる大きさになっていた。人参と出来損ないの双子の白菜も収穫した。 

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ブロッコリーのクリームシチューはやめて豚汁にした。

テレビへの不信

今朝、新聞を読んでいて、ふと社会面の下の謝罪広告に目がとまった。「○○納豆」の会社と「×のつぶ」の会社の謝罪広告。 両方とも、テレビ番組で納豆が健康に良いと取り上げられたため品切れが続いている状態に対する謝罪だった。
 
そう言えば、昨夕スーパーへ行ったとき、納豆が1個もないので不思議に思っていた。そうだったのか・・・・。
ココア、バナナ・・・・以前にもこんなことがあった。  テレビの力はすごい。 見てる人、すぐに信じる人、すぐに行動に移す人が多いんだなあと・・・いや~な感じ。
 
正月3が日はやはりテレビをつけている時間が多かったのだが、普段あまり見ないせいか、癇に障ることが多かった。
 
気になったこと
・アナウンサーの喋りがうるさい
 
・「団塊」をテーマにしたものが多過ぎる。 夫は、「余計なお世話だ」と”団塊”と聞いた途端テレビを離れる。
 
・NHKスペシャル「プラネット・アース」の「南極に住む皇帝ペンギンの生態記録」に感動し、「やっぱりNHKはすごい」と思っていたら、翌日ケーブルのムービーチャンネルで何と「皇帝ペンギンの撮影日記」というタイトルのフランス映画をやっているではないか。全く同じ映像。 撮影したのはフランスのカメラマンだった。 あわてて「プラネットアース」のホームページを見たら、撮影はBBCが培ってきたカメラマンと書かれている。 番組に時々緒方拳が出てくる。ナレーションも「我々カメラ班は・・・」と言うので、てっきりNHKが撮影したとばかり思っていた。 NHKとBBCの共同制作とあったが、NHKはどこまでかかわったのだろう。  
 
娯楽・情報源としてテレビは生活に欠かせないものの、最近は特に「テレビに騙されないぞ」と思いながらテレビを見ている。 

先生からの提案

娘は留学中知り合ったスウェーデン人男性と、この6月結婚式をする予定。
 
この話は以前から、手織り教室で話していたのだが、昨日先生から
「Tさん(私)、いよいよ今年は結婚式ね。 スウェーデンでは結婚式に引き出物ってあるの?」
と聞かれた。
 
外国での結婚式などもちろん初めてなので知るわけがない。「さあ???」
 
「いらしたお客様に、あなたの手織りの作品を差し上げたらいいんじゃない?」と先生から提案された。
「ええ? 私のような初心者の作品で大丈夫かしら・・・・。」
「Tさんなら、大丈夫よ」と仲間からも後押しされた。
 
昨年、先生が息子さんの結婚式の引き出物として、手織りの小さな敷物を織られていたのは知っていた。 ベテランの作品だからなあ・・・。
 
離れていて、結婚式の準備は一切手伝ってやれない分、こちらで心を込められる「何か」を持参したいとは思っていた。
 
不安はあるものの、心が大きく動いている。

本日より始動

夫は今日から会社。朝6時起床。外はまだ真っ暗!寒い! これからしばらくはつらい朝が続く。 私も今日から本格的に始動する。 早速午前中はコーラス、午後からは手織り教室と忙しい。

昨日、準備運動として、少しだが身の回りの整理をした。掃除洗濯に続いて・・・・暮れから財布の中に溜まっていたレシートを家計簿に記入する。(2006年の1年集計はこれから)。 しばらくサボっていた手織り作品ファイルも整理・・・・作品の写真をプリントし、ファイルにとじた。そして暮れに買っておいた新しい手帳に予定を書き込んだ。

手帳は毎年同じメーカーの同じサイズを使う。一昨年からはお気に入りの印花布のカバーをつけて使っている。1月~3月くらいまでの予定を記入。 主なものは、市民合唱祭に向けての練習日、公民館まつり(あいうえおキルト出品)、そして待望の娘帰国予定日。 今週の予定・今日の予定も書き込む。 そして、締め切りはないものの、やらねばならないこともリストアップ。( 畑・友達への手紙・銀行・・・etc)

年のせいで物忘れがひどくなっているのか、次のことに気が移るのが速すぎるのか、ふと「・・・をしなくちゃ」と思っていたことも、ついつい目の前のことに夢中になると、すっかり忘れてしまう。 手帳に書き込むことで、肩の荷がおりたような気分になる。 お正月から何だかもやもやしていたのは、手帳を使い始めるのが遅すぎたせいかもしれない。

 手帳2

検索キーワード

いまやインターネットは百科事典代わり。
??と思ったら、まず「検索」の習慣が身に付いてしまっている。
 
昨夜もNHK番組「プラネットアース」を見ながら、「南極大陸の大きさってどのくらいだっけ?」との疑問が・・・。「地球儀はどこ?」と地図の好きな夫が探している。あれはもう古いので捨ててしまっていた。 普通の地図もあるのだが、「グーグルアースで見れば?」となる。 インターネットはテレビを見るときも欠かせない。
 
ここまでインターネット上の情報が多くなると、一発で欲しい情報にたどり着く確率は低くなりそうなものなのに、どんな技術があるのか、年々精度が高くなっているように感じる。
 
暮れにスイミング仲間から「ブログのアドレス教えてよ」と言われ、アドレスなんて覚えていないので「”Yuko’s Diary”と”手織り”をキーワードにして検索して」と答えた。どの検索サイトを使うかで結果は違ってくるはず。 うまく探しあてたらお楽しみ、と思っていた。
 
先日その仲間に会ったら「Yuko’s Diaryだけで出てきたわよ」と言われ、「へえ、すごい」とその検索機能の素晴らしさに驚いた。その友達はYahooで検索したらしい。 多分Yahooのブログ検索だろう。 しばらく、あちこちの検索エンジンに自分のブログ内のキーワードを入れて遊んでみた。 結構おもしろい。 グーグルのブログ検索では「すっぴんクラブ」を入れたら一番に出てきた。
 
 
 
 
 

動かない男たち

暮れに母と電話で話した時、いつものように父への不満がちょっぴり出た。

「昔から汗をかきたがらない人。一日中座っていても平気みたい。」・・・イライラする母が目に浮かぶ。

二人とも高齢者。いつどっちが先に寝込むかわからないと思い始めた母は最近、今後の「ゴミ出し」は一切父に頼んだとか。 しかし未だに父はお風呂の沸かし方も完全マスターしていない。台所に立つなどもってのほか。 母が望む夫像になるのはいつのことやら・・・。

さて我が夫・・・・箸と鉛筆より重いものを持ったことがない・・・と、結婚したとき思った。

動かない父を見て育ったせいで、男はそんなものなのだと思って暮らしてきた。 しかし、今後、若い世代との同居なんてあり得ない。介護保険だってこの先どうなるかわからない。老夫婦で助け合って生きていくには、「動かない男」を何とか「動く男」に変えねば・・・・。 

しかし・・・2・3日前のできごと。

私は2階の自分の部屋に、夫と息子は居間でテレビを見ていた。 ストーブの灯油がなくなったのか、玄関で灯油を入れている物音が聞こえていた。 いやに時間がかかっている。 そのうち「お~い、雑巾はどこだ!」と階段下で夫が叫んでいる。声にはイライラの棘が・・・・。

意地悪ではないのだが、雑巾がどこにあるかくらい知っとけよ・・・・と思い、「洗面所!」と大声で応えた。

すると下から「洗面所じゃ、わからん!」

私「探しなさいよっ!」

声が殺気立っていたので、仕方なく階下へ。

玄関一帯、灯油が飛び散ってびしょびしょ状態。 悪戦苦闘の証。 前回灯油を入れたとき、ポンプの調子が悪く、買わなければと思っていたところ。 空気がどこかから漏れるらしい。動きたくない夫は、灯油が飛び散った後、 何と漏れる箇所をビニールテープでふさごうとしたらしい・・・・が、灯油で濡れている、しかも凹凸がある箇所・・・塞げるわけないじゃん!!

ポンプ 002

「なんなのさ! どうしてポンプ買いに行こうと思わないの?」

ブツブツ言いながら、私は近くのお店へポンプを買いに行った。 自転車で往復でも10分、値段98円。

今は無理だが定年後真っ先に私がすべきは亭主の自立支援だ。 現役時代の役割分担を解消し、共同生活のための役割分担を作り直し、夫に生活技術を教えねばならないと思っている。

静かな日常に

息子は昨日上海へ帰り、再び二人だけの生活になった。 夫も私もそれぞれ自分の部屋にこもっている。 階下の居間は暖房も電灯も消しているため、暗くて寒い。 そして静か。 雨のせいもあって、寂しい空気が漂っている。

息子がいた約1週間・・・・にぎやかだった。 暖かかった。 お腹いっぱい食べた。 お酒も結構飲んだ。 喋った。 笑った。 気を回した。 動いた。・・・・

今は祭りの後の静けさ。 動作が鈍い、外に出たくない、明日のことを考えたくない・・・これって雨のせい?

子供の頃のあの長い休みが終わるときの恐怖感を思い出してしまった。 学校・友達・先生そして宿題・試験などが、大きい波となって押し寄せてくるような恐怖感。  今は学生でもなく、責任ある仕事もしていない、楽しい毎日のはずなのに・・・。 1週間も家にこもっていると、外との接触が億劫になるようだ。

ええい!泳いでこよう。 水の中で力を抜いてこよう!

年賀状

年賀状を出す、出さないの基準はどう設定してよいものか、いつも迷う。 昨年暮れも、思い切って出すのをやめた人が何人かいた。 友人と言えるほどの間柄でもなく、ある時ちょっと親しくなり、その後どういうわけか年賀状だけやりとりしている人。 毎年「こんどこそ会いましょう」といいつつ、もう何年も過ぎている。 中には30年近く経ってしまった人もいる。 

今年受け取った年賀状の中には、案の定、昨年出すのをやめた人からのものが入っていた。 お返しの賀状を出そうか出すまいか、又迷う。 せっかくいただいたのに出さないのは無礼だとも思う。 しかしこんなことを続けているから、意味のないやり取りが続くのだ、と分かっている。

ここが我慢のしどころ・・・・と言い聞かせる。が、どうもいまいち気分はすっきりしない。 早くお正月気分から抜け出したい。

実況中継・・・へたくそ!

箱根駅伝の中継を横目でちらっちらっと見ながら手織りをしていた。 第3中継車がシード権争いの3人の様子を説明するのだが、まずうるさい。 アナウンサーは自分のしゃべりに興奮している。 聞いてる側はしらける。 「ラジオじゃあるまいし、そんなに喋らなくても分かってるよ」と言いたくなる。そのうえ、言葉使いが、変。  「発熱が出ました・・」「続けることを続行したそうです・・」  どうなってるの?アナウンサーさん。

階下でテレビを見ている夫のところへ行き、「ねえねえ、この第3中継車のアナウンサー、ひどいよ」と教えた。しばらく一緒に聞いて、夫も納得。夫に「中継放送を中継しているお前の方を聞いているのもおもしろいよ」と言われた。

本日4日目。息子は半年に1度の健康診断に横浜まで出かけた。夫はジョギング30km。 ほんの数時間だが、一人だけの時間・・・上手に使わねば。

正月3日目・・・飽きてきた

暮れの天気予報では曇りのはずだったのに、朝から時間と共に徐々に晴れて気温も上がってきている。この分だと箱根の復路は、「暑さ」できつくなるかもしれない。 現在選手は隣のO町を走っている。国道1号線。どういうわけか我がH市とT市だけ、1号線ではなく海沿いの134号線を通る。1号線を走ってくれれば近くて応援も楽なのに・・・。

夫はテレビをちらちらと見ながら、英語の本を読んでいる。息子は、体がなまっていると言ってプールへ出かけた。私もいい加減だらだら生活に飽きてきた。 やりかけのキルト・やりかけの手織りに戻ろう。

箱根駅伝・・・跳んでる!

正月2日・3日にすることは箱根駅伝の観戦と決まっている。
朝のスタートからずっとテレビ中継を見る。テレビは居ながらにして、全体の順位、選手の表情、走りのデータ、町の表情など、駅伝のすべてがよくわかる。 
 
我が家は駅伝コースまで約2km。 特に贔屓の選手・大学もないので、寒い中出かけて応援する必要もないのだが、選手集団が近づくにつれ、ヘリコプターの音が聞こえてくると、いてもたってもいられなくなる。 「やっぱり見に行こう」とあわててコート引っ掛けて海沿いの134号線まで足早に急ぐ。今年も相変わらず、大勢の人・人・人。年々増えている気がする。
 
選手の走るスピードはかなり速い。 目の前を選手が通り過ぎるのはほんの一瞬。 写真を撮るのもなかなか難しい。
2位と3位を競っていた早稲田大・東洋大の二人がうまく撮れた。 二人とも走るというより、跳んでいる。
 
正月早々、若い選手の美しい走りを見て、清清しい気持ちになった。
 
ekiden 008