さくら

桜が咲いた。
近くの神社の桜・・・七分咲きくらい。 蕾のほんのりピンク色が綺麗だ。
神社には松の木が、桜に覆いかぶさるように立っており、わざわざここの桜を見に来る人なんて
ほとんどいない。 昨日、母に写真をと思い訪れたときも、子供たちが遊んでいるだけだった。
 
週末・・・お花見のタイミングとしてはパッチリなのに、生憎、お天気は肌寒い曇り空。
明日はどうなんだろう・・・・。
 
桜の開花日を早くに予想し、お花見のチャンスに一喜一憂する日本人。
スウェーデンのニュースでもこのことを取り上げていたとか・・・・。
それにしても、昔はこんなに大騒ぎしたかなあ・・・・これも、弁当・ビール業界の陰謀ではあるまいか??

父のつぶやき

「あまり長生きしても、みんなに迷惑かけるばかりだなあ・・・・。」とポツリと言った父の言葉。
姉から聞いて、泣いた。 姉も泣いていた。
 
母の入院以来、一人で暮らし始めた父。
目の治療も一人で行かなければならず、受付で言われたことも忘れるらしい。
買い物も不慣れなせいか、必要なものを買い忘れる。
その都度近くに住む姉が助けている。 夕飯も姉が作って届けているのだが・・・・。
 
母にはあれやこれや文句を言うくせに、娘たちには遠慮する父。
でも、やはり83歳ともなれば一人暮らしは不安だ。
 
母のこと、父のことを考え、姉は仕事を縮小するべきか相談してきた。
何もしてあげられない私が、「こうしたら」なんて言えるわけがない。
 
毎日母に手紙を送っているものの・・・
父自身の病院通いに付き添ったり、姉の仕事を手伝ったり・・・そばで必要な手助けができないもどかしさを感じる。
のほほんと織ってっていいのか、泳いでていいのか・・・・と思いつつも、自分の生活を放り出せない、放り出したくない身勝手な自分がいる。
 
夕飯を食べながら、父のことを夫に話そうとして、急に泣き出してしまった。
夫は「泣いていいよ」と言ってくれた。
夫の優しさも感じている。

幸せの黄色い財布

黄色の財布・・・・母へのプレゼント。
  
 
入院している母を見舞った時、
売店でティッシュパーパーを買ってくるよう、母に頼まれた。
「お金はその引き出しにあるから」と言われて、母の財布を取り売店へ。
お金を出そうと財布を開けると、小銭を入れる部分がひどく破れていた。
 
病室に戻って母に「随分ひどい財布ねえ」と言うと、
「あら、じゃああなたのお金のこぼれた分で買って頂戴」と言われた。
売店へ行く前、私は「このところ資産運用で、結構儲かったのよ」と言ってたから。
 
こんなに素直に甘えてくれて・・・・。
そういえば、いつもプレゼントは手作り品ばかりで、お金を出して買ったことはあまりなかったっけ。
たまには、奮発しなくちゃ。
 
病気じゃなかったら、黒や茶の財布を選んだかもしれない。
でも、気持ちが明るくなるように、菜の花・山吹・たんぽぽを連想できるように、
そして幸せも一緒に運んでくれるような気がして
黄色の財布を選んだ。
今日送ります。

母親と娘

娘に甘えたいと思っている自分に気がついたのはスウェーデンの娘のところに滞在して1週間経った頃だった。
彼女の周りにはいつも彼がいて、友人がいて・・・それはそれで親としては安心する一方、なかなか娘と二人きり
の時間を持てないことに苛立っていた。 

そしてこちらの思いに気が付いてくれない娘にやきもきしていた。

そんな自分の苛立ちを言葉に出せず、突然泣き出してしまった。

遠く離れているのだから、私がいるときくらい、私だけの娘になってよ・・・と言いたかった。
 
帰国後、冷静になってみると・・・・
自分が娘の年齢の時は一体どうだったのか。 
新しい家庭を築いていくことに夢中だった。
自分の母親が何を思っているかなどほとんど考えなかった。
前を向くことばかりで、後ろなんて振り向かなかった。
 
実家に帰ったとき、母の気持ちをちゃんと受け止めてきただろうか・・・
一方的じゃなかっただろうか・・・・
母は遠慮してたんじゃないだろうか・・・
母も今の私のように甘えたかったのではないだろか・・・
 
この年になって初めて気が付いた。
そして娘に会いたい、娘と話したいと思うと、きまって後ろにいる母を思う。
 
来週娘たちが来る。 
今度は絶対文句を言わない。
けんかしない。泣かない。
私が娘に甘えられるのはもっと後でいい。

カタログギフト

実家のお祝いのお土産の中に入っていた、カタログギフト。
そもそもご祝儀のお返しなので、徳をしたというわけではないのだが、
もらうとうれしい。 
かなりの数の品物が載っているかなり分厚い冊子。
この中から好きなものを「一個」選ぶのだが・・・・。
 
どれにしようか・・・・とパラパラめくる。
 
ないと困るという類のものはない。
大方は、あれば便利、あるいはちょっと贅沢という品物ばかり。
 
自分では滅多に買わないジュエリーアクセサリー?
旅行バッグもいいな。
健康器具も・・・。
そういえばやかんも買い換えたかったんだ・・・。 
 
う~ん決まらない。
 
自分の欲望があらわになってるみたいで、そのうち、選ぶ楽しみも、苦しみに変わってくる。 
いっそ、3択くらいにしてくれれば、楽なのに。

手織りの先輩

帰省中、実家と同じ町内にあるFさん宅を訪ねた。
Fさんは私より5~6歳年上の女性で、長年手織りをされている。 
機会があれば作品を見たいとずっと思っていた。
写真は、かつては麻問屋だったFさんの家。
農家で績まれた麻を買取り、それを糸屋さんに売る(・・・多分)仕事をされていた。
学校の行き帰りにFさんの家の前を通っていたのだが、、店先に積み重ねられた麻の繊維の束、
番頭さんの顔などが今でも思い出される。
 
彼女の作品を何点か見せていただいた。 
柿渋で染めた麻糸の織物は洗練された色使い、乱れのない織り目だった。
ホームスパンの糸で織った暖かそうなジャケットはもう何十年も着ていると言われた。
和室の座卓にかけられた長いテーブルランナーは、主張しすぎず周りの雰囲気にとけこんでいた。
Fさんの「織った布は、使ってこそ命が与えられる。」という言葉が印象に残った。
残念なのは、Fさんを前に、作品の写真を撮らせてくださいという勇気がなかったこと。
Fさんのように織れるには何年かかるのだろう・・・ 

復活

鉢植えの植物を育てるのが苦手である。
昨年秋、近くの農業高校の文化祭で買ったベゴニア。
夫が、「雨にあてるとだめだよ」と言われてたのに、玄関の門扉のそばに置いたままにしていた。
案の定、徐々に元気がなくなり、部屋に入れた後もかびのような白い粉が葉っぱにつき、次々に枯れ始めた。
私は、完全に鉢植えに嫌われている。
 
ある時、根元から切ってあげると、また新しい葉っぱが出るわよ、と友人がアドバイスしてくれた。
昨年暮れ、アドバイスどおり切ったものの、もう手遅れかもしれないとあきらめていた。
 
ところが、暖かくなり始めた3月に入ると、生き生きした緑の葉っぱが少しずつ出てくるではないか。
おおお~何と強い生命力。 こんなずぼらな私に買われたばかりに、一時は瀕死の状態になり、
それでもめげずに復活してくれるなんて・・・
夫は「花が咲いてから喜んだら?」と冷ややかな態度だ。
 
ベゴニアの復活の生命力・・・母に少しわけてくれないかなあ。

切手のついた手紙

私がブログを始めて以来ずっと読んでくれていた母だが、入院以来、読めなくなっている。
母は「ブログどころじゃないわ」と思っているかもしれない。 でも私と母とを繋いでいた糸が切れてしまったようで、なんとも寂しい。
携帯電話は母の枕元に置いてあるものの、体調が悪いときに話すのはつらいだろうと思うと、かける気にもならない。
 
何とか、思いを伝えたい。 こころを通わせたい。
そこで毎日手紙を送ることに決めた。 メールではなく、切手のついた手紙。 
届くまで日数はかかるが、病室に直接配達されるので、家族の手をわずらわせなくてすむ。
毎日1通。 A4サイズ1枚か2枚。 手書きには自信がないのでワードを使用。
必ず写真を入れ、文字は大きく、文章は短く。  これだけを守って毎日続けようと思う。
 
当然返事は来ない。 
それでも毎日、封筒の宛名に母の名前を書き、切手を貼ってポストに投函する・・・これが私の祈りの儀式になりそう。
 
昨日は咲き始めた庭の木蓮の写真を貼り付けた。
今、ベッドに横たわる母の目に映るのは窓ガラス越しの空だけだ。
毎日ほんの少しの間だけれど、母の目を楽しませてあげられるのではないかと思っている。

豪華なお土産

夫の実家で行われた還暦・米寿のお祝い。 出席者約20名の宴会だった。
招待されるのは、本家、そして夫の祖父母の代からの親戚縁者たち。
都会では、ほとんど家族行事となってしまった還暦・米寿の祝いだが(祝うことすらしないのかもしれないが)、
田舎では、家族の行事というより「家」の大切な行事である。
それでも、近年は自宅で宴を催す家庭は少なく、大概はホテルや料理屋を会場にする。
しかし夫の家では、自宅。 理由はゆっくりできるから。
 
田舎の宴会の特徴
料理はともかく、お土産がすごい。
我々2名が出席していただいたお土産は
果物や乾物の入ったかご盛り・これとは別に箱入り果物・お菓子の詰め合わせ・紅白のお餅(直径20cmのお鏡2個)・カタログギフト・塩紅鮭1匹
これらをピンクの風呂敷に包んで持ち帰るのだが、我々は宅急便で送ってもらった。
 
昨日、その宅急便を受け取り、にっこり。 やっぱり豪華なお土産はうれしい。 

ふるさとの山河

春にふるさとを訪れるのは数年ぶり。

山から吹き降ろす風が、頭の芯まで突き刺さるように冷たい。
暖冬にすっかり身体が慣れてしまっていたせいか、こちらの寒さがこたえる。
 
昨日午前中、実家の近くを散歩した。
実家から歩いて5分ほどのところにある、1級河川小矢部川。

春夏秋冬それぞれ違った表情を見せるここからの景色。
春の景色がとりわけ美しいと思う。
町の中心街はさびれ、裏通りは空き地、空き家が目立つ。 
でもこの山河は昔のままの姿で迎えてくれる。 ここに生まれて本当によかった。
 
午後、病院へ・・・・これが3度目。 
泣き虫でどうなるかと心配したが、病院では一度も泣かなかった。
何の根拠もないのだが、「絶対よくなる」と信じることに決めたから。