さくら

桜が咲いた。
近くの神社の桜・・・七分咲きくらい。 蕾のほんのりピンク色が綺麗だ。
神社には松の木が、桜に覆いかぶさるように立っており、わざわざここの桜を見に来る人なんて
ほとんどいない。 昨日、母に写真をと思い訪れたときも、子供たちが遊んでいるだけだった。
 
週末・・・お花見のタイミングとしてはパッチリなのに、生憎、お天気は肌寒い曇り空。
明日はどうなんだろう・・・・。
 
桜の開花日を早くに予想し、お花見のチャンスに一喜一憂する日本人。
スウェーデンのニュースでもこのことを取り上げていたとか・・・・。
それにしても、昔はこんなに大騒ぎしたかなあ・・・・これも、弁当・ビール業界の陰謀ではあるまいか??
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父のつぶやき

「あまり長生きしても、みんなに迷惑かけるばかりだなあ・・・・。」とポツリと言った父の言葉。
姉から聞いて、泣いた。 姉も泣いていた。
 
母の入院以来、一人で暮らし始めた父。
目の治療も一人で行かなければならず、受付で言われたことも忘れるらしい。
買い物も不慣れなせいか、必要なものを買い忘れる。
その都度近くに住む姉が助けている。 夕飯も姉が作って届けているのだが・・・・。
 
母にはあれやこれや文句を言うくせに、娘たちには遠慮する父。
でも、やはり83歳ともなれば一人暮らしは不安だ。
 
母のこと、父のことを考え、姉は仕事を縮小するべきか相談してきた。
何もしてあげられない私が、「こうしたら」なんて言えるわけがない。
 
毎日母に手紙を送っているものの・・・
父自身の病院通いに付き添ったり、姉の仕事を手伝ったり・・・そばで必要な手助けができないもどかしさを感じる。
のほほんと織ってっていいのか、泳いでていいのか・・・・と思いつつも、自分の生活を放り出せない、放り出したくない身勝手な自分がいる。
 
夕飯を食べながら、父のことを夫に話そうとして、急に泣き出してしまった。
夫は「泣いていいよ」と言ってくれた。
夫の優しさも感じている。

幸せの黄色い財布

黄色の財布・・・・母へのプレゼント。
  
 
入院している母を見舞った時、
売店でティッシュパーパーを買ってくるよう、母に頼まれた。
「お金はその引き出しにあるから」と言われて、母の財布を取り売店へ。
お金を出そうと財布を開けると、小銭を入れる部分がひどく破れていた。
 
病室に戻って母に「随分ひどい財布ねえ」と言うと、
「あら、じゃああなたのお金のこぼれた分で買って頂戴」と言われた。
売店へ行く前、私は「このところ資産運用で、結構儲かったのよ」と言ってたから。
 
こんなに素直に甘えてくれて・・・・。
そういえば、いつもプレゼントは手作り品ばかりで、お金を出して買ったことはあまりなかったっけ。
たまには、奮発しなくちゃ。
 
病気じゃなかったら、黒や茶の財布を選んだかもしれない。
でも、気持ちが明るくなるように、菜の花・山吹・たんぽぽを連想できるように、
そして幸せも一緒に運んでくれるような気がして
黄色の財布を選んだ。
今日送ります。

母親と娘

娘に甘えたいと思っている自分に気がついたのはスウェーデンの娘のところに滞在して1週間経った頃だった。
彼女の周りにはいつも彼がいて、友人がいて・・・それはそれで親としては安心する一方、なかなか娘と二人きり
の時間を持てないことに苛立っていた。 

そしてこちらの思いに気が付いてくれない娘にやきもきしていた。

そんな自分の苛立ちを言葉に出せず、突然泣き出してしまった。

遠く離れているのだから、私がいるときくらい、私だけの娘になってよ・・・と言いたかった。
 
帰国後、冷静になってみると・・・・
自分が娘の年齢の時は一体どうだったのか。 
新しい家庭を築いていくことに夢中だった。
自分の母親が何を思っているかなどほとんど考えなかった。
前を向くことばかりで、後ろなんて振り向かなかった。
 
実家に帰ったとき、母の気持ちをちゃんと受け止めてきただろうか・・・
一方的じゃなかっただろうか・・・・
母は遠慮してたんじゃないだろうか・・・
母も今の私のように甘えたかったのではないだろか・・・
 
この年になって初めて気が付いた。
そして娘に会いたい、娘と話したいと思うと、きまって後ろにいる母を思う。
 
来週娘たちが来る。 
今度は絶対文句を言わない。
けんかしない。泣かない。
私が娘に甘えられるのはもっと後でいい。

カタログギフト

実家のお祝いのお土産の中に入っていた、カタログギフト。
そもそもご祝儀のお返しなので、徳をしたというわけではないのだが、
もらうとうれしい。 
かなりの数の品物が載っているかなり分厚い冊子。
この中から好きなものを「一個」選ぶのだが・・・・。
 
どれにしようか・・・・とパラパラめくる。
 
ないと困るという類のものはない。
大方は、あれば便利、あるいはちょっと贅沢という品物ばかり。
 
自分では滅多に買わないジュエリーアクセサリー?
旅行バッグもいいな。
健康器具も・・・。
そういえばやかんも買い換えたかったんだ・・・。 
 
う~ん決まらない。
 
自分の欲望があらわになってるみたいで、そのうち、選ぶ楽しみも、苦しみに変わってくる。 
いっそ、3択くらいにしてくれれば、楽なのに。

手織りの先輩

帰省中、実家と同じ町内にあるFさん宅を訪ねた。
Fさんは私より5~6歳年上の女性で、長年手織りをされている。 
機会があれば作品を見たいとずっと思っていた。
写真は、かつては麻問屋だったFさんの家。
農家で績まれた麻を買取り、それを糸屋さんに売る(・・・多分)仕事をされていた。
学校の行き帰りにFさんの家の前を通っていたのだが、、店先に積み重ねられた麻の繊維の束、
番頭さんの顔などが今でも思い出される。
 
彼女の作品を何点か見せていただいた。 
柿渋で染めた麻糸の織物は洗練された色使い、乱れのない織り目だった。
ホームスパンの糸で織った暖かそうなジャケットはもう何十年も着ていると言われた。
和室の座卓にかけられた長いテーブルランナーは、主張しすぎず周りの雰囲気にとけこんでいた。
Fさんの「織った布は、使ってこそ命が与えられる。」という言葉が印象に残った。
残念なのは、Fさんを前に、作品の写真を撮らせてくださいという勇気がなかったこと。
Fさんのように織れるには何年かかるのだろう・・・ 

復活

鉢植えの植物を育てるのが苦手である。
昨年秋、近くの農業高校の文化祭で買ったベゴニア。
夫が、「雨にあてるとだめだよ」と言われてたのに、玄関の門扉のそばに置いたままにしていた。
案の定、徐々に元気がなくなり、部屋に入れた後もかびのような白い粉が葉っぱにつき、次々に枯れ始めた。
私は、完全に鉢植えに嫌われている。
 
ある時、根元から切ってあげると、また新しい葉っぱが出るわよ、と友人がアドバイスしてくれた。
昨年暮れ、アドバイスどおり切ったものの、もう手遅れかもしれないとあきらめていた。
 
ところが、暖かくなり始めた3月に入ると、生き生きした緑の葉っぱが少しずつ出てくるではないか。
おおお~何と強い生命力。 こんなずぼらな私に買われたばかりに、一時は瀕死の状態になり、
それでもめげずに復活してくれるなんて・・・
夫は「花が咲いてから喜んだら?」と冷ややかな態度だ。
 
ベゴニアの復活の生命力・・・母に少しわけてくれないかなあ。

切手のついた手紙

私がブログを始めて以来ずっと読んでくれていた母だが、入院以来、読めなくなっている。
母は「ブログどころじゃないわ」と思っているかもしれない。 でも私と母とを繋いでいた糸が切れてしまったようで、なんとも寂しい。
携帯電話は母の枕元に置いてあるものの、体調が悪いときに話すのはつらいだろうと思うと、かける気にもならない。
 
何とか、思いを伝えたい。 こころを通わせたい。
そこで毎日手紙を送ることに決めた。 メールではなく、切手のついた手紙。 
届くまで日数はかかるが、病室に直接配達されるので、家族の手をわずらわせなくてすむ。
毎日1通。 A4サイズ1枚か2枚。 手書きには自信がないのでワードを使用。
必ず写真を入れ、文字は大きく、文章は短く。  これだけを守って毎日続けようと思う。
 
当然返事は来ない。 
それでも毎日、封筒の宛名に母の名前を書き、切手を貼ってポストに投函する・・・これが私の祈りの儀式になりそう。
 
昨日は咲き始めた庭の木蓮の写真を貼り付けた。
今、ベッドに横たわる母の目に映るのは窓ガラス越しの空だけだ。
毎日ほんの少しの間だけれど、母の目を楽しませてあげられるのではないかと思っている。

豪華なお土産

夫の実家で行われた還暦・米寿のお祝い。 出席者約20名の宴会だった。
招待されるのは、本家、そして夫の祖父母の代からの親戚縁者たち。
都会では、ほとんど家族行事となってしまった還暦・米寿の祝いだが(祝うことすらしないのかもしれないが)、
田舎では、家族の行事というより「家」の大切な行事である。
それでも、近年は自宅で宴を催す家庭は少なく、大概はホテルや料理屋を会場にする。
しかし夫の家では、自宅。 理由はゆっくりできるから。
 
田舎の宴会の特徴
料理はともかく、お土産がすごい。
我々2名が出席していただいたお土産は
果物や乾物の入ったかご盛り・これとは別に箱入り果物・お菓子の詰め合わせ・紅白のお餅(直径20cmのお鏡2個)・カタログギフト・塩紅鮭1匹
これらをピンクの風呂敷に包んで持ち帰るのだが、我々は宅急便で送ってもらった。
 
昨日、その宅急便を受け取り、にっこり。 やっぱり豪華なお土産はうれしい。 

ふるさとの山河

春にふるさとを訪れるのは数年ぶり。

山から吹き降ろす風が、頭の芯まで突き刺さるように冷たい。
暖冬にすっかり身体が慣れてしまっていたせいか、こちらの寒さがこたえる。
 
昨日午前中、実家の近くを散歩した。
実家から歩いて5分ほどのところにある、1級河川小矢部川。

春夏秋冬それぞれ違った表情を見せるここからの景色。
春の景色がとりわけ美しいと思う。
町の中心街はさびれ、裏通りは空き地、空き家が目立つ。 
でもこの山河は昔のままの姿で迎えてくれる。 ここに生まれて本当によかった。
 
午後、病院へ・・・・これが3度目。 
泣き虫でどうなるかと心配したが、病院では一度も泣かなかった。
何の根拠もないのだが、「絶対よくなる」と信じることに決めたから。

帰省のためお休み

しばらくお休みしま~す。
 
帰宅は木曜日の予定・・・あくまで予定。
使わせてもらえるPCがあれば更新も可能だけれど・・・まわりに人がいると書けないかも・・・
 
(こんなことぐちゃぐちゃ言ってないで、モード切り替えなきゃ。)
 
 

プール

もともと泣き虫であることは、以前にも書いたことがあるのだが・・・。
 
自転車に乗っていても、買い物していても、食事の支度をしていても涙が出てくる今日この頃。
それでもプールへは欠かさず通っている。
 
プールでは涙が出てきても泣いてるなんてわからないもの・・・
 
な~んて、うそ。
 
実際は、プールでは不思議と泣かないでいられるから・・・。

糸の準備

帰省まであと数日。
母の病気のことが気がかりで、落ち着かない。
何か気を紛らわすものが欲しいのだが、
生憎、機にかかっている糸もなく、織りに集中というわけにもいかない。
ただ、おろおろしているだけで一日が過ぎる。
 
しかし、昨日、思い切って次の糸の準備をした。 
戻ったらすぐに取り掛かれるように・・・・と言っても、最初の準備である糸の糊付けだけ。
 
小麦粉で澱粉糊をつくり、水でうすめて糸を浸す。
かたく絞って干す。
糊がついているせいか、乾くのに丸2日ほどかかる。
 
注文した糸の量は3kg。糊付けしたのはそのうちの500g。
これだけの量を織り上げるにはどのくらいの日数がかかるのか、
全く見当がつかない。 
山登りの最初の1歩を踏み出すような気持ち。
頂上に立つ歓びへの期待より、今は黙々と織る時間をじっくり味わいたい気分である。

記念キルト

キルトは単に実用品としてだけではなく、「絆」を表現するものとしても作られることも多い。
家族の絆・友達との絆・・・
 
H市の姉妹都市ローレンス(カンザス州)との交流が10周年を迎える2000年の前年、交流活動に関わっていた私に、あるアイディアが浮かんだ。
ローレンスのキルターと私たちキルトグループで合作の記念キルトを作ろうと。 
 
この数年前、私たちはキルトで交流しようと、メンバー7人でローレンスを訪れ、キルターの家にホームステイしたり、アンティークキルト所蔵で有名な博物館を訪れたり、現地のキルターたちと交流していた。 この時に親しくなったBさんに早速メールで相談した。
 
もちろん返事はOK。デザインはローレンスのキルターからプレゼントにもらったパターンを活用した。 ローレンスサイドが5個、我々が7個のブロックをそれぞれ担当。 向こうから出来たブロックを送ってもらって、私たちが繋ぎ合わせキルトに仕上げた。

私たちのブロックのデザインは、できるだけ市のイメージに近いものを選んだ・・・海、サッカーチーム、市民の憩いの場である○○平、七夕、富士山、市の花「なでしこ」、市の中心にある○○神社。    ローレンスのキルターたちが選んだのは・・・・Wind Mill、ひまわり、とうもろこし、Barn、Cow,
 
出来上がったキルトは、こちらの10周年記念セレモニーで披露され、その後ローレンスのセレモニーでも飾られた。 その後は私が保管しているのだが・・・先日、このキルトのデジタル画像がないことに気が付き、写真を撮った。 改めてあの頃の自分のパワーに感心。 今はもう、みんなを引っ張るようなパワーはないが、もの作りパワーは維持していきたい。

シンピジウム

スイミングの帰り、同じレッスンを受けているHさんと駐車場まで一緒になった。
「車の中にシンピジウムがあるんですけど、持っていかれますか?」
と、突然、こんな素敵なお花をいただいた。
 
鉢植えはどうも苦手な私だが、これは幸い切花。 部屋が一気に華やいだ。
 
Hさんは、別のHさんから私のブログのことを聞き、読んでくれているそうだ。
実は、パッチワークが趣味の彼女から、先日、彼女が作ったという作品の写真を送ってもらったばかり。
私の作品も見せて欲しいと言われたので、フォトのアルバム「Quilt」に写真を追加した。
私の作品についてはいろいろ説明もしたいけど、追々とね。
 
それにしても、お花を見ていると、「綺麗だなあ」と思う一方で、「これもいつかは萎れていくのね」と思ってしまう。
自然の摂理と向き合っている。

合唱祭

H市で一年に一度開かれる合唱祭・・・・市内の合唱団体の発表の場である。
今年は37団体が参加した。 
 
子供からお年寄りまで、合唱の編成も女声合唱・男声合唱・混声合唱、そして歌う曲のジャンルもクラシックから童謡・ポピュラーソングまで幅広い。
私は20名の女声合唱団と5人編成のアンサンブルグループの二つで歌った。
 
所属している女声合唱団はもともとPTAの合唱グループが母体で、すでに20年以上経っているベテラングループ。 
今年の歌は比較的やさしいものだったので、早い時期からみんな余裕があった。本番1ヶ月ほど前、最後に少し動きを入れようということになり、慣れないステップを一生懸命練習した。練習の甲斐あって、本番はばっちり。 他の団よりも拍手が多かったような気がする。
もう一つの5人のアンサンブルはファミリー(4人全員音楽家)+私。 私にとってはかなり高いレベルだが、昨年に引き続き、今回は2度目なので少し気持ちは楽になっていた。 曲は相変わらず難しかったが、やはり練習のおかげか、本番はとちりもなく、私としては上出来。大きな肩の荷が下りて、ほっとした気分だ。
 
合唱祭では自分たちが演奏するだけではなく、他の団の演奏を聞くことも大切なこと。
高いレベルの団体の演奏は勉強になる。
かといって、高いレベルの演奏だけが心を打つものとは限らない。
コールシルバーという60歳から89歳までのお年寄りのグループが杉本竜一の「Believe」を歌ったとき、
不覚にも涙が・・・・
そしてある老人ホームのコーラス・・・このグループも「Believe」を。更に「とんがり帽子」・・・・緑の丘の赤い屋根・・・
老人ホームの人たちは歩くのもやっとのお年寄りなので、椅子に座っての演奏。
声はもうしわがれている。 高音もさほど出ない。 リズムは・・・? ハーモニーは・・・・?
でも、みんな一生懸命、明るく歌っている。 
そこに立っているだけで、素敵よ。 歌っているその姿、輝いてるよ・・・・と心の中でつぶやく。
歌が好きだった母の姿が重なり涙があふれてくる・・・・本番の日は絶対泣かないって決めてたのに。 
 
合唱祭終了後は恒例の打ち上げ・・・ひょっとしてこれがあるから頑張れるのかしら・・・・いつも通りとても楽しかった。

涙よー止まれ

父から電話があった。
この数年、父が自ら電話をかけてきたことはなかったのに・・・・。
 
夫の実家へお祝いを届ける件、父の白内障の手術の予定、母の病状について、
いつになくしっかりした声で話してくれた。 
母が入院して6日目。
母にいつも頼りっきりだった父はきっと寂しいはずなのに、
自分がしっかりしなければと、気丈に振舞っているように私には思える。
 
電話を切った後泣いてしまった。
母の様子は入院後更に悪くなっているらしい。
 
4時過ぎから、コーラスのリハーサルなのに・・・
こんなことでメソメソしてたら歌えない、と洗面所で顔を洗う。
泣いても何かが変わるわけではない。  しっかりしなければ。

泳いだ・歌った・教えた

午前中スイミングレッスン
4泳法メドレーで  25m×8本
前向きスカーリング  25m×2本
後ろ向きスカーリング 25m×2本
スカーリング+平泳ぎ 25m×2本
平泳ぎ          25m×4本  
3月から新しくなったコーチは、無駄話しないので泳がせる時間が長い。おかげで身体すっきり爽快感。
 
午後
合唱祭のリハーサル1時間半。 今回は動きが入るので、本番用の靴とドレスを着てのリハーサル。
空っぽの客席を前に、繰り返し歌う、歌う・・・・ああ、気持ちがいい。
でも、本番は1回きり。 だから歌って歌って身体に叩き込むしかない。
 
夜 漢字教室
インドネシアの青年一人を教えた。 滞日3年。 
4月には帰国するそうだが、それでも漢字を学ぼうとする気持ちがあるなんてえらい。
「運」という字が出てきた。 運転、運送は「ふんふん、わかる」と言ってくれる。
じゃあ「運命」は?・・・わかりやすい日本語で説明するのが何と難しいこと。
最後に今日は何の日か知ってる?と聞いてみた。分かるわけないよね。・・・3月8日・・・ミツバチの日なんだって。
ちなみに はちみつの日もあるよ・・・これは8月3日。 (朝、ラジオで聞いたのを早速使わせてもらった。)
帰りがけ、青年が「今日はすごく楽しかったよ。」と言ってくれた。
 
帰宅後食事・・・ご飯のおいしいこと。

ハートのキルト

母が作ったハートのキルト
今は玄関の壁に掛けている。
 
母は年を取ってからパッチワークキルトを始めたので、
黒っぽいものは目が疲れると言って、いつも明るい色の布を使っていた。
ほのぼのカラーで小さいサイズのキルト・・・場所も季節も選ばない重宝なキルト
 
月曜日に入院してしまって、今はブログが読めない状態だけど・・・
退院したらまとめて読んでくれるだろう。
「あら、私の作品が載ってる」って喜んでくれるかもしれない。
 
ついでに私の小さな作品も
めったに作らない小さい作品。
キットになったものを買って作ったので、デザインも可愛く、色も統一感がある。
はさみや糸などが入る、大き目のお気に入り裁縫ケース。
今は手織りの小さい道具を入れている。

おじいさんの善意

朝6時半。
夫を駅まで送る途中、国道の交差点で信号待ちしていると、
70歳代のおじいさんが自転車で目の前の横断報道を渡った。
そのおじいさん何故かすぐに自転車を降りた。 「うん?」
気になっておじいさんの行動を見ていたのだが、
彼、交差点の角のゴミをさっと拾って、自転車のカゴの中へ入れた。
2・3歩先のゴミも拾ってカゴへ。
 
身なりから言って、浮浪者ではない。
推測するに、
毎朝、運動のため自転車に乗っていたら、ゴミが目に付き始めて、拾い始めた・・・そんな感じ。
 
おじいさんが回る範囲なんてそんなに広くないだろう。
カラスがつついたゴミが広い範囲に散乱している現状では、
おじいさんの善意も、町の美化への貢献度から言うと、とても小さい。
 
でも・・・
自分のゴミを高速道路のSAに捨てるような自己中の行為が目立つこのごろ。
おじいさんの「公」を綺麗にしたいと思う気持ちはとても大切だと思う。

雨戸

夕べの風雨は強かった。窓がガタガタ、家全体も揺れる・・・台風並み。 窓ガラスが割れるかと思うくらい、時折強い風が打ち付ける。
 
それでも、我が家、雨戸を閉めない。 雨戸を閉めるのは、台風が来たときと海外旅行に出かけるときくらい。
新築した直後は、一応雨戸を閉めていたが、続かなかった。 
夏はもちろん閉めない。 
冬場、雨戸を閉めた方が防寒になるのだろうが、やっぱり閉めない。
あの閉塞感がどうもいやなのだ。
 
私にとっては、外が見えないほうが不安だ。 家が外と遮断され、外で何が起こっているかわからない不安。
本当は、台風の時だって、どのくらいの風が吹いてるのか、いつも見ていたい。
夜だって、窓越しに月や星、雨や雪の降っている様子を見たい。
外へこぼれる明かり・・・・オープンな気分でいいと思うのだが。
 
薄暗くなると近所から雨戸を閉める音が聞こえる。
みなさん、なぜ雨戸を閉めるのだろう・・・防犯?  外から見られたくないから?

北欧ガイドブック

夫が、横浜で本を買ったといって、差し出した。 
本のタイトルも言わず「どうぞ」という。 
「えっ、私が先?」と本のカバーをはずすと、「北欧」のガイドブック。
ガイドブックと言うと、主な観光都市の案内が多いが、この本は、かなり個人的な旅行記で特にデザイン・料理がテーマ。
娘の住んでいる町についても書かれている。
6月の旅の参考にはなるだろう。
 
前回娘のところを訪ねたときは、「やりたいこと」をリストアップした。
・プールで泳ぐ(プールの水は日本のように塩素消毒ではなく、塩で殺菌。 だから塩辛い。 海で泳いだことのない私には、奇妙な感じだった。)
・サウナ体験(サウナは海辺にあり、「身体を温める」「海水につかる」を繰り返すのだが、みんな素っ裸で海へ。 抵抗があった。)
・市民農園の見学
・布を買う
ちなみに夫のメインイベントは、コペン~マルメまでのハーフマラソン大会出場だった。
 
今回は何をやりたいか・・・
今のところ、私に思い浮かぶのは「糸」しかないのだが・・・
好奇心も情報がないと刺激されない。
夫の買ってきた本で、気持ち膨らまそう。

うっかり

いつものように水着に着替え、タオルやゴーグルをバッグに入れ、スイミングに出かけた。
ところが駐車場に着き、車を降りようとすると、バッグがない。
あれ~。 置いてきちゃった。
 
家に戻ると、いつも着替える場所にちゃんとバッグがあった。
引き返して、再びスイミングへ。 おかげでワンレッスンをパス。
 
こんなこと誰にもありそうなことだけど、スイミングに関しては初めてで、少しショック。
年を取ると集中力がなくなる、忘れやすい・・・周りの年寄りを見てていつも感じていることだけど、ひょっとして私も??
用心しなくちゃ。

突然のバトンタッチ

こんなことってあるんだ・・・・。
 
先週公民館祭りの前日、作品を搬入し終え、しばらく友人と立ち話をしていた。
「この木綿のマフラーどう?」
「あら、いいじゃない」
この程度の軽い会話だった。 でも我々二人、かなり声が大きいので周りの人にもよく聞こえる。
 
突然、そばにいた同世代と思われる女性に、
「手織りなさるんですか?」と聞かれた。
そして
「東京に住んでいる母が手織りしてたんですけど、もう出来なくなってしまって、糸を処分したいんですけど、もらってもらえます?」との申し出。
びっくりしつつも、根が欲張りな私、
「ええ?もらっていいんですか?」
でも一応「あなたはなさらないんですか?」と聞いた。
女性 「私も糸は充分持ってるんです。とにかくたくさんあって・・・」とおっしゃる。
私 「まあ、捨てるっておっしゃるんだったら、頂いてもいいですけど・・・」と言いつつ、「じゃあ、また」と別れた。
お互い名前も名乗らなかった。 多分、私たちの作品パネルの向かい側に展示されたキルトグループの人だろう。
 
私だって、まだ絹は織ったことがない。 でもこれからなので、興味はある。 
突然の申し出だったけれど・・・あの女性本気なのかしら・・・半信半疑。
 
日曜日、公民館祭りで再びその女性にお会いした。
女性 「手仕事をする人はボケないって聞いていたので娘としては安心してたんですけどね・・・母は米寿。ボケてしまいました。」
お母様は手織りを教えることもなさっていたということだった。
そして「糸を送りますから」と住所を聞かれた。
やや、本当の話だ。 
 
その後、彼女から電話で「これから宅急便送ります」との連絡。
その時、やっと名前を聞いた・・・Kさん・・・公民館の近くに住んでいらっしゃる。
 
そして、昨日、ダンボールいっぱいの糸が届いた。
きゃ~、すてき
 
どうしよう!こんな高価な糸、しかも大量。 興奮する!
草木染の絹糸・・・これらの糸を見ていると、痴呆になられたというお母様がかつて手織りにかけていただろう情熱がひしひしと伝わってくる。
「しっかりあなたに渡しましたよ」と言われているよう。  
織れるものなら、今すぐにでも織りたい・・・しかし今の私では経験が浅すぎる・・・・くやしい!
でも絶対、織りますよ。 バトン確かに受け取りました。
 
ノルウェーの糸の苦労・・・ここで報われたのかもしれない。

どれがいい?

手織り教室での最近作品。
 
麻の吉野織り・・・・手触りはシャリシャリしていて気持ちがいい。でも麻は伸縮性がなく、糸の張りに融通が効かない。 
この感触に慣れるのに少し時間がかかった。
上は白+白、白+ベージュ
下は白+紺、白+薄紺+濃紺

 
夏向きテーブルマット。
どちらの色が好き?