青豆につられて

「青豆」
と聞いて、人の名前を思い浮かべることができる人は、
最近の「1Q84」を読んだ人と、
utaさんと私のブログを読んだ人くらいではないだろうか・・・・
 
  ☆ ☆ ☆
 
ブログに「青豆善男」という男を突然登場させたのはコメント仲間のTakさんだった。
utaさんのブログ”史上最大のマズッ、続編・「あれ」と「これ」に対するコメントだった。
その後、コメントはエスカレートし、
登場人物は
 青豆善男のほか
 妻 善子
 娘 善江
 父 義三郎
などが出てきた。
 
しばらく経ったある日、私はある物産展で「青豆」という大豆を見つけた。
早速ブログの記事にしたのだが、そのタイトルは青豆善男様にした。
 
会ったこともない人たちとのブログ上でのお遊び。
悪くはなかった。
今まで体験したことのない面白さがあった。
 
そう言えば、村上春樹の大ファンだったTakさん、
今頃どうしているんだろう・・・。
 
   ☆ ☆ ☆
 
つい先日、夫に
「村上春樹の「1Q84」には青豆っていう名前が登場するんだって・・・もしかしてTakさんって村上春樹の友達だったのかしら・・・」と話した。
 
夫は村上春樹の本を読むようなタイプではない。
なのにどうしたことか、「きっとお前も読むだろう」と言って買ってきた。
絶対「青豆」につられて買ったに違いない。
 
夫が読書中なので、私はまだ読んでいないのだが、
読む前からこの「青豆」という名前ばかりがやけに気になる。
 
「青豆」という名前に不思議な因縁を感じるのは
ほんの数人だろうけれど・・・

青豆につられて」への8件のフィードバック

  1. ほんと・・・・不思議だよ。この本つい数日前読み終わったんだけど、本屋さんで手に取って最初のページを見て驚いたのなんのって!!それにしても発端になった私の記事、とく憶えていたよね!すっかり忘れていた、さっそく行ってみます。Yukoさんの記事にも!

  2. しかし・・・長いコメントだよね・・・・。takさん、これ読んでほしいよね。今私は東野圭吾の長編を読み始めたところ。村上ワールドの後だから読みやすいのなんのって^^

  3. utaさん、青豆善男はutaさんのブログ2006年12月24日にも登場してるよ。青豆善男のおかげで本の中の青豆は勝手に男性だと思い込んでたんだけど、女性なのね。村上春樹がなぜ女性に「青豆」って変な名前を付けたのか・・・ぜひ聞いてみたいよね。

  4. 名前を付けたきっかけ・・・さがしたら見つかった。読売新聞のインタビュー記事の中で”・・・・その前にまず名前が必要だったが、ある時「あ、青豆いいな」とひらめいた。居酒屋のメニューにあった「青豆とうふ」から連想して・・・・”とあったよ。居酒屋・・・意外だよね。

  5. へぇ~!そういうひらめきがあったんだね!そうそう、青豆は女性なんだよ!善男の娘ではないみたい。だって・・・と話すと内容に触れることになるからやめとこう。

  6. ご無沙汰いたしております。青豆で御座います。この青豆、ただいまニューヨークに居るので御座います。入浴ではございません。ニューヨークです。そう、あの世界のへそと呼ばれるタイムズ・スクエアがあるニューヨークです。これだけ繰り返せば、私がいかにおのぼりさんかお分かりいただけると思います。それはまるで都会の地下鉄に足を踏み入れやみくろと戦い、帽子を深くかぶり、駅の改札口できょろきょろと怪しげに人ゴミを注視する誰かに似ているのでございます。そんな話も遠き昔話の様に感じる今日この頃。おっと、またいつものくせでダラダラと話続けてしまいました。ここ数か月の皆様のブログを拝見させて頂いたら、なんだか毎日がイベントのように感じ、思わずこちらまで楽しくなってしまい、ほら、またダラダラ・・・と。さて、なぜ私が今ニューヨークに居るのか?これは私(わたくし)善男もおったまげたぁ話なのですが、かれこれ何年になりますでしょう、私と疎遠になっていた父がこの亜米利加に渡り、実はニューヨークに住んでいたという情報が、舞い降りてきたので御座います。ある日銀座の裏路地の張り紙を眺めながら、この先どうやって暮らして行けば良いのか?と考えていたところに、ビルの上からひらひらと・・・メモが舞い降りてきたので御座います。いかにも!嘘で御座ります!(ちとふるいのですが、「風林火山」のカンスケ風に読んで下さいね)そんな話があるわけが御座いません。ただどうやって私の居場所を突き止めたのかわからないのですが、私が世話になっている定食屋のオヤジさんがさっと私に一通の葉書を差し出したのでございます。その時、私は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたに違いありません。葉書には「まんはったんに立つ」と書いてあり、その横に自由の女神のスタンプが押して有りました。その字に見覚えがあった私思わず葉書の差出人を確認しました。その瞬間全ての音が消え去り、私の周りの景色が風で吹き飛びました。目の前が一瞬で白くなり、すべての色を失い、そしてまたすぐに定食屋に戻ってまいりました。カウンターには汗拭いながらラーメンをすするサラリーマン。みそチャーシューラーメンと、肉野菜炒めを白いご飯に乗せて食べる肉体労働者。カツ丼をせわしく口にかきこむ高校生。私はオヤジさんに尋ねました。「オヤジさん・・・いったいこれは?」オヤジさんは無口で有名でした。ただひたすら定食を作り続けて五十三年。今までオヤジさんの声を聴いた事のある常連も少ないのです。無論私ごときにオヤジさんが口を開いてくれる訳がございません。私はもう一度葉書を見つめ、もう一度裏と表を読み直しました。確かに、父「善蔵」の字に間違いがありませんでした。血の気が引いている私の目の前に頼んでも居ないレバニラ炒めが差し出されました。私はこれがオヤジさんの答えだと思ったのです。レバニラ炒めを食えと!・・・いいや、違いますね。親父がマンハッタンへ行けという事ですね。実は今まで皆様には隠しておりましたが、私には手を付けず隠しておいたへそくりがありました。隠していた、明かす必要もなかったのですが、色々と家族が厳しい状況であった私に隠し預金があるなどと言えば、皆様は私をひどい男だと思い、食いついてくれなかったと思ったからです。いいえ、やはり違います。そんなことは考えておりませんでした。ただ明かす必要もなく、私にとって忘れ去っていた存在(預金)だったのです。今思えば、このお金を使えば、事業も家族も失わずにすんだのかもしれません。しかし私はこのお金には手を付けられない理由があったのです。その理由は・・・と話し始めると、わざと長くする為に書いているな!と怒鳴られそうなので、省略いたします。と、書くと、ネタ切れだな!なんて言われそうなので、やはり書こうかな?と、思ってしまいます。まぁここは私善男を信用いただき、とにかく理由は確実に綺麗な形で私の心の中に存在するのでございます。私はそのお金に迷わず手をつける事を決めたのです。十分すぎる程のお金を少し銀行から引き出し、その足で成田空港へ行きました。サラリーマン時代に取得したパスポートがこんな形で役立つとは思ってもおりませんでした。そして次にニューヨークへ飛び立つ飛行機の座席を確保したのです。私は身軽でした。持っていたのはパスポートと葉書とお金だけです。チェックインカウンターの女性も私の姿を見て不思議そうな顔をしておりました。手ぶらで、預けて荷物も、機内持ち込み手荷物もない乗客。そんな乗客はあまり居ないはずです。彼女の名前は・・・珍しい名前でした。漢字が読めず私は思わず尋ねてしまったぐらいです。今はその名前を思い出すことができません。なぜなら、私はいま日本を遠くはなれ、74丁目のスターバックスに居るからです。そうです、こうして私はまんはったん(マンハッタン)に立ったのです。窓の外には色々な人が行き来し、犬も自由に歩いております。恐ろしく太った人や、美しいほどにスタイルの良い方もおります。そんな他国籍な人々の坩堝から、私は自分の父「善蔵」を探し出さなければならないのです。心当たりは何もありませんでした。何処へ行けばいいのかも検討がつきません。私は葉書を眺め、ミルクが多すぎるカフェラテを飲みながら、溜息をついておりました。すっと、誰かが葉書に押された自由の女神のスタンプを指差しました。私ははっとして、後ろを振り返りました。そこにはなんとTakさんが立っていたのであります。「よう青豆、久しぶりじゃないか!」私の口は開き、顎がはずれたかのように元に戻りませんでした。「おい、なにを驚いているんだよ?」私は目を大きく開き、言いました。「Takさんじゃないですか・・・」「そうだよ、青豆、なんか可笑しいか?」私の体の中から熱いものがこみ上げ、次第にそれが震えとなり、そして肌の毛が逆立つような感動が押し寄せました。「自由の女神像へいくんだろ?」とTakさんが私に尋ねました。私には何を言っているのか判りませんでした。「それだよ、その葉書。お前の親父がお前に届くように送ったんだろ?マメな人だよな。いや、洒落じゃなく」私に二度目の波が訪れました。「Takさん、親父の居場所を知っているんですか?」私は興奮してTakさんに尋ねましたが、Takさんはすかさず言いました。「知らんよ。ただ・・・葉書に女神のスタンプがあるし・・・僕が知っているのは、親父さんが色々な手使ってお前の居場所を探していたことだな。そしてその手は僕にも届いたというわけだ」「じゃぁな、青豆!」「えっ?Takさん行っちゃうんですか?」「当たり前だよ、僕も暇じゃないんだ。又逢おう!」と言った途端、Takさんはスタバの外に出て、人ごみにまぎれて消えてしまったのです。私はビルの屋上から背中を押された様な気持ちでした。父が私を探していた。Takさんが居場所を推測で伝えた。父の居場所はわからない。ただ、女神だけが僕に向かって微笑み続けている・・・。私は一度席を立ち、そして周りをゆっくりと見回しました。怪しげな人も、ドッキリカメラも見当たりませんでした。当たり前です。私はただの凡人であり、私を嵌めようが何しようが、誰も儲けはないのです。そして私はイスに腰を下ろし、考えました。女神像へ行けば何かが起こる可能性を感じました。今すぐに行けばいいのか、それとも体制を整え明日行くべきか?私に睡魔が襲ってきている事に気が付くまで随分時間がかかりました。私はまだ今夜泊まるホテルも決めていなかったのです。私らしくない・・・。ホテルも決めず、明日着る洋服もないのです。私は几帳面だった筈でした。一生懸命地道に生きてきたはずでした。その私が今、激しく揺れ動く時の流れの中でもがき、いつもの自分を見失っているのです。このままでは危ないと思いました。耳を澄ませ、目を見開き、そして匂いを嗅ぎ分けなければならないのです。あれ?なんだか村上龍みたいになってきたぞ!と感じている私がいます。そしてあれ?村上春樹じゃないか?と思っている貴方がいます。それでいいのです。シリアスな世界やハードボイルドは似合わない私。そうです私は青豆なのです。私は冷め切ったコーヒー牛乳(もとい、カフェラテ)をゴミ箱に投げ込み、通りを挟んで向かい側にあるバーニーズに足を運びました。適当にシャツを選び、金を払いました。下着や身の回りのものは近くのスーパーが安そうでした。私ははスーパーの店員にここら辺にあるホテルを尋ね、迷い選ぶことなく、そこへチェックインをしました。私にしては上出来の行動力と判断力でした。今、私に出会えば誰もが恋に墜ちるはずだと、思いました。すみません、こういう風に調子にのるのが、私なのです。素敵でしょう?しつこいですか?私は熱いシャワーを浴びたくなりました。寝不足と考えすぎで頭がズキズキと痛んだからです。食欲もありません。これは時差ぼけのせいなのか?それとも精神的なものなのか?もう頭が働きません。私はシャワーを浴びて、ベッドに身を投げ出し、何を言っているのか判らぬテレビを眺めながら、深い、とても深い眠りに墜ちたのです。眠りに墜ちる前に、「じゃぁな、青豆!」とTakさんが言い、人ごみの中に消えました。まるでもう二度と逢えない友の様に・・・。(実際はまたすぐに逢えるので、ご心配なく)そして私の長い日本からの一日が終わったのです・・・。ふぅ・・・長い。誰が読むのだろう?夢の話・・・。いい加減にしろ!と言われそうだが、書きます。書かなければ私の存在理由が消えてしまうからです。なんて大袈裟な事を書いて申し訳ないのですが、キーボードの上で踊りだした指が止まらないのです。それは昔ピアノを弾き、唄を歌った人が、もう一度ピアノの前に座り覚悟を決めた時と同じなのです。同じかな?わかなないですね。まぁいいのです。ダラダラこそ、青豆の特徴なのです。夢を見ました。変な夢です。自己中心的であり、事故虐待的であり、そして哀しい夢です。私は・・・あれ?夢が思い出せない・・・。ほらぁ、ホッとしたでしょう?あまりにも長くなりそうだし・・・。こういう自分勝手な青豆も可愛いではありませんか・・・?イラつく?あれ、おかしいなぁ。音楽が流れていました。ボブ・マーレイです。私はレゲエ音楽をあまり聴いたことが無かったのですが、夢の中で私はそのリズムに身体を委ねておりました。まるで別人の私がそこに存在していたように思えます。私の傍には本を読む男が一人。何も語らず、ただ傍に居ただけです。私は一生懸命自転車をこいでおりました。でも自転車と言ってもそれは自転車ではありません。テーブルの下にペダルがあり、イスに座りそのペダルをこいでいるのです。イスの後ろには車輪がキチンとついており、ペダルと連動して車輪が回るのです。でも何処へ動くわけでもございません。ただ、儀式の様に回るだけでございます。その動力、私の運動は何をも生まないのです。でも私はレゲエのリズムに乗りながらそのペダルを一生懸命こぎ続けているのです。苦しみはありません。どちらかといえば、楽しんでいたように思います。本を読んでいた男はペダルをこがず、ぼーっと本を読んでいます。私はその男が少し目障りに感じはじめ、声をかけました。「あの・・・なぜ貴方はペダルをこがないのですか?」私はペダルをこぐ事が義務であるかのように、男に尋ねたのです。男は言いました。「私の車輪はもう回りません。もう終わってしまったのです。終わったといっても何かが変わったわけではありません。ただ終わったのです。そこには意味も何もないのです。」私はその男の声の高さに驚きました。そして気が付くと私の前に、女が座っておりました。「貴方はなんでペダルをこぐの?」とその女が私に尋ねました。「君はなぜペダルをこぐんだい?」とその男も言いました。私はきちんとした答えを持っていませんでした。ただイスに座ったら、ペダルをこぐのが当たり前であり、必然であると思っていたからです。よく見ると女もしっかりとテーブルの下でペダルをこいでおります。「ペダルをこぐのは生きていく行為に等しいと思っているからです。」と、私は押し付けがましくならないように二人に向かって言いました。「そうね・・・生きていく行為・・・」と女はため息をつきました。「じゃぁ私はもう死んでいるんだね」と男が言いました。そしてその瞬間、男がいた場所が暗くなり、男が見えなくなりました。そして私と女の頭上から照明が降り注ぎ、テーブルを明るく照らしました。女は私の目を見つめ言いました。「人が苦しみや、悲しみ、哀れみを感じるポイントは、そう変わらないわ。だけどね、笑いだけは人それぞれ違うのよ。わかるでしょう?」私はその意味を考えてみましたが、素直を受け入れるだけで何も返す言葉は見つかりませんでした。「つまりね・・・貴方とお父様の気持ちは同じなのに、一緒に笑うことが出来なかっただけなの」私は後ろにすーっと引っ張られて、真っ赤な部屋の赤いフローリングの上に座っていました。そして霧がが上から舞い降りておりました。しかし私は濡れることなくただ座っているのです。私の頭の中には、同じ質問が繰り返されておりました。「一緒に笑うことが出来なかった・・・」確かに・・・私には父と一緒に笑った楽しい記憶が思い当たらないのです。私はその赤い部屋の霧の中で号泣してしまいました。真っ赤な部屋の中で。そして目を覚ましたのです。目を覚ました時、私はけだるい疲れをまとっておりました。私はなぜだかわかりませんが、マカオのルーレットで大穴(一点37賭け大当たり)を当てたことや、スペインで食べたイベリコハム、ポルトガルの路面電車や、フェニックスの砂漠のことを即座に思い出しました。なぜだかわかりません。楽しい記憶がいきなり脳裏に投影されたかのようでした。静かに目を閉じ、もう一度眠り、夢の結末を見ようと努力しました。しかしそれは不可能でした。時計に目を向けると朝の十時三十分でした。そうです、私のホテルの一室にいたのです。私は時差ぼけと、疲れから寝坊をしてしまったのです。現実の音がしました。廊下からは掃除機の音がしていたのです。私は寝返りをして、ベッドの上に大の字になりました。そうだ、ここはニューヨークだ。最初が肝心だと思いました。そして周りの壁が白い事を確認し、起きる決意と共に、「よし!」と一声発したのです。私の頭はクリアでした。リバティ・アイランドへ行こう。まずはそこからだ。私は足を上に振り上げ、そして足を下ろす勢いで上半身を起こし、ベッドから飛び起き、シャワーを浴びる為に洗面所へ向かいました。ホテルのロビーの脇にある簡単なスペースで、ホテルの無料の朝食(パンとジュース)を食べながら、自由の女神があるリバティ・アイランドへの行き方を調べました。バッテリー・パークまで地下鉄で行き、そこからフェリーに乗ればよいだけのことでした。私は有楽町線に乗って、池袋から江戸川橋に向かうより簡単だと思いました。寝坊して出遅れた私は、ホテルのドアを開け喧騒の中に飛び出しました。そして誰もが間違えるとおり、南へ向かうはずの地下鉄に乗らず、北へ向かう地下鉄へ乗ってしまったのです。マンハッタンの地下鉄は最悪です。イスはベンチみたいだし、汚いし、車掌の放送も何を言っているかわかりません。色々な匂いがするし、色々な人種が居て、日本人だけの世界で生きてきた私は、意味もなく警戒してしまいます。ある駅では一気に客が居なくなり、なんだろうと思っていると、ホームの向かい側に同じ方向へ向かう車両がやって来て、皆がそれに乗り込んだりします。私にはおそらくあれは急行電車なんだろうと想像することしか出来ません。そしてその急行が私の行きたいところへ行くか判らない以上、このまま乗っているしかないと諦めるしかありません。車両に二三人しか居なくなり、年老いたお爺さんと、帽子を深く被り、やけにだぼついた洋服を着ている黒人だけになっても私はただ座り、緊張している様子を見せないようにしながら、バッテリー・パークに到着するのを願うだけなのです。そしてようやく終点に辿り着き、逃げるようにホームに下り、駅名が違うことに気が付いて私の頭はパニックになるのです。私は恐る恐る駅のホームに居た黒人男性に話しかけました。「エキスキューズミー・・・アイ・ウォント・トゥ・ゴー・トゥ・バッテリー・パーク」すると彼は反対側のホームへ行く階段を指差し、「Ride on to the Down Towm」と言ったのです。無論私にはその英語が聞き取れませんでしたが、階段へ行けというジェスチャーは見逃しませんでした。私は「サンキュー」と言い、階段へと向かいました。階段を上がり、通路を通り、階段を下りて答えがわかりました。私は反対側へ来てしまったのです。相変わらずの自分の愚かさにため息が出ました。私はいつもこうなのです。正しいと思っていたら違う方向へ。方向だけではありません。人生の生きる道をも間違えてしまうのです。電車は簡単です。乗り換えればそれでいいのです。多少の時間を失うだけです。しかし、私が犯してきた私にとっての過ちは、簡単に反対方向へ乗り換え、元通りに戻すことは出来ません。ホテルから終点までの時間以上の時間を費やし、そして失っているからです。私は静まり返った駅のホームで電車を待ちながら、涙を流しました。溢れ出てくる涙を止めることが出来なかったのです。そしてやがて轟音強風と共に電車がホームに滑り込むと、私は静かに立ち上がり、押し戻されそうな電車の勢いに立ち向かい、ドアが開くのを待ったのです。やがて地下鉄はゆっくりと停車し、ドアがホワイトノイズと共に開きました。そして一人の老人が下車し、すれ違いざまに私に言ったのです。「偶然とは奇妙なものだな。お前は青豆でも、男の青豆だ・・・きっとTakも驚いたことだろう」と・・・。

  7. いたか・・・やはり。普通こういう場合は、なつかしさのあまり眼にうっすら涙でも浮かべて長文に読みふけるのかもしれないけど・・・。やはり長いんだよ!長すぎて飛ばし読みしたよ。もっと簡潔な文章書けないのか。しょうがないな、一日一段落読めばいいか。この先まず登場することはないだろうから大目にみよう。ね!Yukoさん!

  8. ああ~、びっくりした。ほんとに。出た~!って、感じ。夕べTakさんのブログへ行ったんだけど、10月○日のままなので、もうブログの世界とはおさらばしたんだと思ってた。Takさん、元気そうですね。Takさんは村上春樹の友達かもしれないとひそかに期待してたんだけど、小説の青豆の名前の出所を知って少しがっかり。相変わらずの長文コメント、うれしいですが、まだ全部読み終えてません。utaさんみたいに、少しずつ読みます。ところで青豆様ニューヨークにいらしたとはこれまた仰天。息子が現在ボストンの西100km地点、スプリングフィールドの近くに住んでいます。今年の秋ごろに訪問する予定でいますが、懐かしいニューヨークもちょこっと行ってみようかと・・・マンハッタンですれ違うかもしれませんね。村上春樹が「青豆」を思いついたのは居酒屋でメニューの「青豆とうふ」を見たからですが、まさか、ニューヨークの和風居酒屋に青豆とうふを卸しているのは青豆さんだったりして・・・??。ところで青豆さんのおかげで、夫は初めて村上春樹の本を買いました。読書家の夫ですが、こんなことがなければ多分永遠に手を出さなかったでしょう。青豆さんが現在どのようにお暮らしなのか、お手紙の中でもさっぱりわかりませんが、多分成功されているのでしょう。どうぞ、奥様の善子さん、お嬢さんの善江さん、お父様の義三郎様(いつの間に善蔵になったんだ!)にもよろしくお伝えくださいませ。

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