引っ越し MSN→wordpress

いままで利用していたMSNのブログが来年3月で終了する、とのメッセージを一昨日受け取った。利用者はwordpressというブログサイトに引っ越しできるというのだが・・・

さて、どうしよう・・・

ブログサイトは山ほどある。 中にはセンスが良く、使ってみたいと思ったものもいくつかある。この際、よそへ移った方がいいかもしれない・・・

だが、迷ったのはほんのわずかの時間。結局あまり深く考えずwordpressへの引っ越しの手続きをした。

移ってみてから気がついた。これまで書き溜めた記事がすべて無事にお引っ越ししてる。外観はこれまでとは違うが、シンプルでなかなかいい。記事内の検索も可能になった。

引っ越ししたばかりで、全機能を把握するのに少し時間がかかりそう。だが、それもまた楽し、だ。

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夫の休日

週3日働き4日休む夫との生活がもう半年を過ぎた。
 夫が休日をどう過ごすかを少し心配していたが、
 これまでの趣味のジョギング・畑に
 新たに英会話教室通い、1回400円のジム通いが加わり、
 お互い程良くすれ違うまずまずの生活が続いている。
 まずまず
 ・・・つまり100%問題なしというわけではない。
 時々、夫のやっていることが気になる。
 自分の部屋にいる時は、大抵読書をしている・・・・
 とばかり思っていたら、
 
スパイダーソリティアをやってる
 いつも・・・やってる。
 私だってゲームは好きだからやらないわけじゃなけど・・・
 延々とゲームやってる夫を見ると、少しイライラする。
 「完全リタイアした時もこんな感じじゃいやだな」
 と軽く言ってしまった。
 夫は、私の部屋との間にある襖を閉めた。
 その日の午後、夫は畑へ。いつもより長かった。
 そして、「明日、山へ行く」
 ・・・・・・
 今朝6時半
 
夫を秦野駅まで車で送った。
 私は午前中コーラスの練習があるので同行せず。
 夫の過ごし方に文句を言ってしまって少々申し訳ない気もするが、
 快晴の今日、山でいっぱい汗流して、筋肉いっぱい使って
 充実感いっぱい感じてるに違いない。
 やっぱりゲーム男より山男が絶対いいよ。 

自信の種

小学校高学年から不登校のMちゃん
 
週に一度数学の勉強を見ることになったのは昨年5月
 
張り切って始めたものの、最初の頃は遅刻・欠席も多く、結局夏休み以降は来なくなった。
 
やっぱり・・・
 
やる気のない子を教えるのは難しい。ストレスにもなる。
 
残念ではあったが、正直ほっとした。
 
ところが、
 
来なくなって半年経った頃、再びお母さんから依頼の電話。
 
「親子で心を入れ替えて頑張るから」
 
こんな風に言われたら、やっぱり断れないよ。
 
そして、今年4月から再開。
 
ある日、Mちゃんが突然告白した。
 
なぜ、自分が学校へ行かなくなったかを。
 
泣きながら・・・
 
学校へ行かないのは、彼女の怠惰な生活のせい、単なる我儘だとばかり思っていたのだが、
 
背景には様々な家庭の事情があったようだ。
 
Mちゃんの態度が少し変わったのはこの時からだ。
 
遅刻も欠席もしなくなった。
 
週にたった一度の勉強では、進みが遅い。
 
しかし、確実にページの数字は増え、ようやく数1が終わりそう。
「Mちゃん、ほらこの問題集もう終わりだよ。頑張ったね。コツコツやれば、必ずできるんだよ。」
 
と毎週のように言う。 Mちゃん、にっこり!
 
1冊やり終えた・・・このことは、成功体験が極端に少ない彼女に小さな自信を与えるだろう。
 
小さいけれど確実な自信の種・・・大きく育て!

羽衣

今までで最も細い糸に挑戦

取りあえず幅15cmほどのサンプルを織ってみた。

極薄
 
透け具合はいい。
糸は、黄色、オレンジ、青がまだらに染まっているので、
そのまま織っても模様は出てくるが、少し地味なのが気になる。
 
そうだ、金ラメをちょっぴり混ぜたらきれいかもしれない・・・
 
目指すは羽衣のようなショール

極小&特大

小豆が好きだからと
 
夫に頼んで畑で作ってもらった小豆を収穫した。
 
だが・・・
まことに小さい!
 
上は夫の実家から送ってきた小豆、下が我が家の小豆
その差歴然。
 
夫はすまなそうな顔をしている。
 
一方
 
昨年このブログで紹介したスクナかぼちゃ
この種を取って
畑で育てたら
 
こんな特大かぼちゃになった。
すでに左側を少し食べたので全体の大きさがわからないのが残念。
しかし、大きさの点では確実に実家のかぼちゃを上回っていた。
 
連日食卓にのぼるかぼちゃの煮物やてんぷらに夫はご満悦。
 
喜んだり、残念がったり・・・
 
だから畑は面白いんだな、きっと。

眠れない夜

眠れない夜が続くというのを初めて経験した。
 
日中あるいは眠る直前に何か興奮することがあって眠れないというのは
あるにはあったが、そんなのは一晩だけ。
連夜眠れない辛さを今回初めて知った。
 
眠れない夜は母が亡くなった日から約1週間続いた。
 
母が夢枕に出てくる・・・残念ながら、これは全くなかった。
不安や恐れ、あるいは何かへのこだわりで、眠れないわけでもない。
頭が冴えきってるというのでもない。
ただ目をつむって何時間経っても眠りに入れない。
 
これまで8時間以上眠ってきた健康体にとって、
眠れないことそのものが不安だった。
 
こんなに眠らないと身体が壊れていくのではないか・・・
このままずっと続いたらどうしよう・・・
 
そんな不安が日に日に増大していった。
 
眠れないのは
神経を使う割に身体を使っていないせい
きっと自宅に戻れば元通りになるはず・・・と言い聞かせていた。
 
帰宅後、すぐに泳ぎに行った。
運動の効果はやはり絶大。
おかげで、
今はあの時の不眠時間を取り戻さんばかりに
毎晩爆睡している。

シェルター

普段とは違う特別な事態の中で
平静を保つため確保したシェルターは
「本の中の世界」だった。
 
入院中の母に付き添っている時も、
亡くなってから葬儀までの3晩、同じ部屋で母の遺体と二人っきりで寝ていた時も、
ずっと本を読んでいた。
 
読みかけの「レディージョーカー」は
もう終わり近くだったので、病院で読み終えた。
次に開いたのは
羽田空港で買った本
「スープ・オペラ」・・・阿川佐和子の小説だ。
 
軽妙な筆致。
読みやすく、ストーリーもなかなか。
 
おかげで葬儀が終了するまでの間、
狂騒曲がガンガン流れる日中の疲れは、
夜の読書タイムで癒すことができた。
 
悲しい時に、阿川佐和子?
と、自分の神経を疑ってみる。
 
確かに変。
 
でも、
ずっと前から
母の死は自然の流れとして覚悟していた。
母の肉体がなくなっても母とのつながりは決して消えない。
「だから、ちっとも悲しくないよ、私」
と思いたくて
あの時本屋で無意識のうちに、
「スープ・オペラ」を選んだのかもしれない。
 
葬儀の前の晩にスープオペラを読み終え、
シェルターがなくなった。
 
次の夜、つまり葬儀を終えた夜、
急に悲しみが押し寄せてきた。

聡明な女性

9月2日夜、母が亡くなった。
 
・・・・・
 
「聡明な女性でした」
喪主である弟が葬儀のあいさつで母のことをそう紹介した。
「70歳を超えてパソコンを習得し・・・・姉のブログを読むのを楽しみに・・・・」
私は、うんうんと頷きながら、それまでちょろちょろだった涙が鉄砲水のように
流れ出した。
 
「働き者」「器用な人」「優しく明るい人」・・・
母を知る人たちはそれぞれの思い出をもとに母の人間像を描くだろう。
しかし、パソコンを習得しスカイプを使えるまでになった母を知る人は多くない。
 
「Yukoちゃん、教えて」とよく電話がかかってきた。
「はい、そこそこ、そこをクリックしてみて」
「あああ、できたあ!」
手順をすぐにメモし、何度も繰り返す。
「完全に理解しないと気がすまない」と、父のことを放ったらかして
パソコンにのめりこんでいた。
 
母は自身の知的能力開発を楽しんでいたことは間違いない。
さらに、母はパソコンを操ることで、パソコンなんか無理と頭っからあきらめている同世代の人たちに対して
多少なりとも優越感を感じていたのではないだろうか。
私はただの「働き者」だけじゃないのよって。
 
普段は無口で母に対してもいつもぶっきらぼうだった弟が 
葬儀で母の知られざる一面を紹介し、母のことを「聡明な女性」と呼んだ。
息子が母に贈る最高の賛辞だ。
 
 通夜が終わった後、

夫が
「息子から”母は聡明な女性でした”と言ってもらえたおかあさんは本当に幸せだなあ」と言った。
「だったら、あなたもお母さんに言ってあげなさいよ、元気な今のうちに」とあの時は返したけれど、
あの言葉は亡くなったしまったからこそ輝いた賛辞だったのかもしれない。
 
でも・・・
やはり・・・
できるものならこっそり母に聞かせたかった。
あの弟の言葉を。