支援物資

地震直後から、完全に姿を消した単一乾電池。

実家の町でも、計画停電エリアに住む親戚に乾電池を送る人が多くて品切れ状態だとか。

海外旅行代理店サイトを見ていたら、こんな呼びかけまで。

「海外から帰国する際、乾電池・水を買ってきてください。被災地へ送ります。」

単一乾電池が出回るのは一体いつになることやら・・・

と思っていたら、

突然、送られてきた。

な、何と、スウェーデンから!

我々にも支援物資が。

「いてもたってもいられなくて・・・」と娘。

これらのずっしり重い乾電池には、我々を、いや被災地を、そして日本を心配する気持ちが込められている。

大切に使おう。

それにしても

IKEAの乾電池・・・約2kg・・・送料は一体いくらかかったんだろう?

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萎縮しないように

地震直後の合唱祭が中止になり、

ボランティアで活動していた漢字教室は、市施設の夜間使用禁止により、4月中も休み。

平塚市合唱連盟が9月に予定していた特別事業の”東京混声とうたおう”・・・練習は4月からのはずだったが、練習時間をほとんど夜間に設定していたため、市施設の使用禁止で、やむなく中止。

様々な所に影響が出ている。 中でも文化活動が真っ先に削られていく。

仕方がないとは言え、気持ちがどんどん委縮していく。

だが、これではいけない。 元気出さなきゃ。

毎回停電の有無を確かめながら、せっせと泳ぎに行く。

そして、せっせと紡ぎ、せっせと織る。

フォトフレーム

このフォトフレーム

昨年12月、ADSLから光に変えた際、無料でゲット。 先週やっと送られてきた。デジタル写真の表示だけでなく

音楽を聞いたり、無線 LANの環境があれば、好きな場所でインターネットが見られる。

画面に現れるキーボードで入力もOK。

画面に直接指で触れるだけ。 とっても簡単!

と、思いきや

指が太すぎるのか

なかなか、思い通りにタッチできない。

タッチのコツをつかむまで、少々時間がかかりそう。

ついに停電

月曜日から始まった計画停電は今日で6日目。 

計画停電など初めてのこと。 初日は、電池を買いに走る人、食品を買いだめする人などで、混乱した。 電車も運休し、この先一体どうなるのか、会社は? 学校は?と、心配になった人も多かったに違いない。 幸い2日目からは電車も動くようになり、あちこちで停電はあるものの、今は全体に落ち着いてきたように感じる。

さて、我が家は第5グループ。 

初日からの実施を覚悟していたのだが、水曜日までの3日間、H市の第5グループエリアでは実施されなかった。

停電になるか、ならないか・・・・事前にはわからない。

予定時間をかなり過ぎてから、市の広報スピーカーで「回避されました」と知らせているが、聞き取りにくい。風向きによっては何を言っているのか全くわからない。しかも、日本語は動詞が最後だから、やるのかやらないのかは最後まで聞かなければわからない。 緊急広報のやり方を変えてほしい。

輪番制なので、毎日、停電実施時間が変わることになっている。私は、インターネットや、ケーブルテレビの地元局番組で確認しているが、これらがない家庭では、一体どうやって確認しているのだろう・・・?。

3日間空振りだったので、少し油断していた。

4日目の午後、テレビを見ていたら突然消えた。ついに! でも暖かい日で良かった。2階に移り、機織りを始めた。 情報は欲しいので、ポケットサイズのラジオを聞きながら織った。

4時を過ぎるとさすがに寒くなってくる。 布団を敷いて遅めの昼寝をした。停電は5時すぎに終了。

金曜日・・・朝から気温が低い。停電が実施されるかもしれない・・・。予定は夕方6時20分から。

ろうそく、懐中電灯、ラジオ、旧式ストーブを準備した。

早めに夕食の支度をし、6時過ぎ、食べ始めた。

「まだ来ないね。 回避されたのかなあ・・・」

と、思っていたら、来た!

ごはんが・・・おかずが・・・見えにくい。

向かい側に座っている夫の姿もぼんやりとしか見えない。

このストーブ、捨てなくて本当に良かった。

夕食後はすることがない。 寝るしかない。

停電前に敷いておいた布団に入ってラジオを聞いていた。 

いやはや、計画停電はまだ始まったばかり。

この先一体いつまで続くんだろう。

暑い夏の日の停電まで想像してしまう。

気分転換

テレビを見るのが、さすがに疲れてきた。

刻一刻と変わる被災地や原発の状況から目を離せない日が何日も続いていて、脳みそも身体もコリコリ状態。これじゃいかん。

外との交流もそろそろ再開しなきゃ。

キルトサークルの集まりを予定していた水曜日、車でしか来られない人もいるので中止するべきかとも思ったが、キルトはともかく「情報交換」「おしゃべり」も大切なので、敢えて予定通りみんなで集まった。

2時間たっぷりおしゃべりして、少し楽になった。

木曜日、スポーツジムが短時間ながらも営業を再開したので、久しぶりに泳いだ。

久しぶりに会った水泳仲間たちと、泳ぎの合間を縫って情報交換。考えてみれば、声をあげて笑うのも久しぶりだった。 

この間のprayforjapan1に寄せられていたつぶやきの中にこんなのがあった。

 「私達は他人の幸せや喜びをねたむほど落ちぶれてはいない。皆さんどうぞ我慢せず楽しい時は笑い嬉しい時は喜んでください。私達も一日も早く皆さんに追いつきます

被災地の人々から、毎日多くのことを教えられている。

過剰反応

月曜日から計画停電が始まったが、幸い我が家の周辺はまだ一度も停電していない。

停電に備えてお店などは営業時間短縮などの対応で苦労しているが、我々のような一般家庭は、停電があるとしても最長3時間なので、この間じっとしていればいいだけだ。

なのに・・・

スーパーには食料品がない!・・・なぜ?

いつも利用しているSスーパーの午後1時の状態

パンの棚↓

牛乳コーナー・・・1本もなかった。張り紙があるにもかかわらず。

冷凍食品ボックス↓・・・ここには、冷凍のラーメンやうどん、おにぎりなどが並べられていたはず。 

お米コーナー↓も空っぽ。なぜ? みんないつもより余計ご飯を食べるの?

これじゃ、仕事をして夕方しか買い物ができない人たちはどうするんだろう。

食料品がこうだもの、不足しているガソリンについては、言うまでもない。

ガソリンスタンドの前は、いつ入るともわからないガソリンを待っている車の長い長い列。2車線の道路の1車線を塞いでいる。 今すぐ必要な車と、買いだめの車がごちゃまぜ状態。

ああ、

被災地でありながら秩序ある状態が保たれている・・・・と、世界から称賛されているというのに・・・

そうそう、午前中行った公民館のトイレにはこんな張り紙も

友達が「あら、これは地震の前から貼ってあったわよ」

ああ、情けない!

とりあえずできること

報道を見るたびに心が痛む毎日

何かできることはないか

被災地は人手も物資も、何もかもが不足している状態だろうが、混乱を起こさないためにも今は義援金を送るのが一番だろう。

と、さきほど郵便局へ行ってきた。

少しばかりだが、私なりの理由づけしたお金をこの義援金に充てた。

実は地震の2日前、我が家のみかんを買いたいと言ってくれたutaさんにみかんを送ったのだが、地震後、utaさんとのメールのやりとりで「みかんは地震被災のお見舞いよ」と書いたら、「あら、お金もう送っちゃった」と返ってきた。

私「じゃあ義援金に充てるね」

utaさん「そうしてくれると有りがたい」

utaさんから郵便局口座に振り込まれたみかんの代金

これに、合唱祭打ち上げが中止になったため戻ってきた会費を合わせて義援金とした。

これからしばらく義援金活動が続くだろうが、無理をせず、こまめに協力していきたいと思っている。

地震の影響(2) 計画停電

昨夜発表された計画停電はあまりにも突然。

だが、地震は突然やってきたのだ。 電力が不足しているのは、決して東京電力のせいではなく、地震の被害によるものなのだ。我々もある意味被災者だと自覚した方がいい。 今までと同じ生活を送れなくなることに不満を言っている場合ではない。多少の不便は我慢しなければならないだろう。

と、えらそうなことを書いたが、

計画停電のもとでの生活がいったいどのようなものなのか・・・・少々不安ではある。

まず、我が家は第5ブロックに入れられた。

昨夜遅くの情報ではH市は第2ブロック(停電時間9:20~13:00、18:20~22:00)と聞いていた。 一日に2度も。しかも夕方から夜にかけての停電はつらそう。 ところが、今朝、ケーブルテレビの文字情報を見ると、我が家は第5となっている。インターネットで市が出している情報でも確認。やっぱり第5ブロック。停電時間は15:20~19:00)。 良かった。夜の停電は免れた。

ネットやケーブルテレビに繋いでいない人達がこれらの詳細を知るすべは、現時点では、市がスピーカーで流す広報のみだ。これが聞こえにくいったらありゃしない。 きっと混乱が生じるだろう。

電車も運休。 移動がかなり制限されてしまうので人々の活動に大きな影響を及ぼしそう。

停電中の情報入手はラジオが頼り。 ラジオがないわけではないが、電池を使うときは単1が6個も必要。 夫は近くのホームセンターへ電池が要らない手回し式のラジオを買いに出かけた。 が、店の外に長蛇の列。電池・懐中電灯などは品切れと書いた紙を店員が掲げているにも関わらずである。 もちろんラジオだって買えないだろうと、夫はその足で、Y電機へ向かったが、そこも列。 気が長くない夫は何も買わずに帰ってきた。

週に3度は利用しているプール・・・地震のためろ過装置故障で、使用中止の状態。停電も重なって、多分当分休みになりそう。

ガソリンが手に入らない状況は相変わらず続いている。どうしても必要な時以外車は使わないようにしよう。 我が家の自転車は1台。 もう1台買った方がいいだろうか・・・。

電話機・・・電源がないと作動しない。 確か古い電話機があったはず、と朝から物置を探したが見つからない。そうだ、リフォームのとき、捨てたんだった。あああ・・・。 まあ、いいか、携帯があるから。

今週木曜日の漢字教室はどうなるのだろう・・・教室のある場所は夜の停電が予定されている。 休みかな?

今日午前中は手織り教室。でも電車を利用している2人が来られない。私は自転車で行けないことはないのだが、今日はお休みすることにした。

現在、我が家の中はいたって平穏だが、外から救急車・消防車・パトカーのサイレンが頻繁に聞こえてくる。 

あっ、また地震・・・・みんな気をつけて!

地震の影響

11日金曜日午後

地震の瞬間・・・国会中継を見ていたが眠くなってきたので横になっていた時だった。大きい横揺れ。 いつもならすぐに揺れは止まるのに、なかなか止まらない。怖くなって外へ出た。 庭の金木犀の木につかまって揺れがおさまるのを待っていた。 地面がフワフワ電線がユラユラ。近くの中学校から生徒の騒ぎ声。 

いったん家の中へ入り、テレビを見たが、しばらくするとまた揺れる。 テレビ・ストーブを消してコートを羽織ってまた庭に出た。

庭に出たのは3回。 その後も小さい揺れは何度もあったが、家具がずれたり、棚のものが落ちたりということはなかった。

畑から帰ってきた夫は「最初、めまいかと思ったよ。 2度目の揺れでやっと地震だとわかった。」 

地震の約1時間後、スウェーデンにいる娘から電話が入った。スウェーデン時間7時半。「大丈夫?」

「私は大丈夫、でも東北は大変なことになってるよ。今津波が押し寄せてる様子をテレビ中継してる。」

「ほとんどの情報は知ってるよ。NHKニュースはインターネットでもリアルタイムで見られるから。」

そうか・・・このような大きいニュースは瞬時に世界に広がる時代なのだ。 娘には状況を詳細に説明する必要が全くなかった。

その晩、息子からも電話があった。

12日土曜日

合唱祭の前日。 Kambaのリハーサルが9時半から始まった。 ステージで20分ほど歌った時だった。係の人から突然、「明日の合唱祭は中止になりました。したがってリハーサルもここで中止です。」と言われた。

大変な被害が出ているこんな時に、果たして「祭」などやっていていいものかどうか・・・と感じていたので、驚くより「無難な決定だ」と思った。

中止の理由は「まだ余震、津波注意報が続いているため」で、市の施設はすべて使用中止。図書館も休館。公民館などでのイベントもすべて中止となった。

合唱祭本番終了後のあの解放感、達成感を味わいたくて、練習を重ねてきたので、やはり残念ではある。

だが、気持ちはすぐに「地震情報」に向かう。

いつもコメントをくれるutaさんはどうしているだろう・・・

金曜の夕方送ったメールに、土曜日朝電話で返事をくれた。

良かった、無事だった。

しかし、停電なのでホカロンで寒さをしのいでいるとか・・・他の被災者の方々の体調も心配だ。

土曜昼:スーパーで買い物。 商品棚の所々がガラガラ状態。特にパンの棚。 被災者への救援優先だから、我慢我慢。いつも利用するガソリンスタンドが閉店状態になっていた。ガソリンの在庫がないらしい。

政府は電気の節約を呼びかけている。日本の経済の先行きも不透明。

心配の種は次々と出てくるが、

今は、これらの心配より、生きていることの有難さを感じていたい。

木彫り天神様

手織り教室で

「私の田舎では、男の子が生まれると、母方の実家が天神様を贈る習慣があるんです」

と言ったところ、

「へえ~、初めて聞いたわ。是非見てみたい。」との反応。

次の教室の日に持って行こうと、久しぶりに出してみた。

これが我が家の天神様

長男が生まれた時、父が富山から車に乗せて届けてくれたものだ。

本来、お正月に飾るべき天神様だが、子供たちもいなくなり、我が家をリフォームした後は床の間がなくなってしまったこともあり、ずっと飾っていなかった。

ごめんなさ~い。

                        ☆  ☆  ☆  ☆

家に天神様を飾るという習慣は大変珍しい、とよく言われる。

何故天神様を?と疑問を持つ人も多い。

木彫り天神様を作っている南砺市井波町の彫刻組合のサイトには

「藩政時代、加賀・越中・能登三国の領主前田公はその祖先が菅公であるとのいわれから天神信仰の年が厚く、この地方の信仰は全国無比の盛況を見るようになりました。
特に富山地方では、男児が生まれると母親の実家から天神様を贈り、正月の期間、床の間に祭り祝う風習が今も根強く残っています。」と説明されていた。

私の故郷が教育熱心なのは、この天神様のせいだろうか・・・

確かに、幼い子供たちには、毎年お正月に飾る天神様を通じて「勉強の大切さ」を教えることができたような気がする。 

子供たちが大きくなり、高校・大学の受験をするようになると、本来お正月だけに飾るのを、合格発表まで延長して飾り、試験日当日などは何度も天神様に向かってお祈りしたものだ。

それぞれが希望通りの道へ進むことができたところを見ると、ご利益があったということか・・・?? 

  ☆  ☆  ☆  ☆

せっかく出した天神様・・・時期は完全に外してしまったけれど、このまましばらく飾っておこうと思う。

春仕事

1週間後に合唱祭を控えているせいか、どうも落ち着かない。じっとしていれば落ち着くわけでもないので、思い切って夫の畑仕事を手伝った。

畑のそばの梅林

この手前に、どなたかの小さな畑用の小屋があるのだが、小屋の脇にミツマタの木が植えられている。紙漉きに使うあのミツマタだ。

初めて見たミツマタの花

さて、畑のジャガイモを植えつけるのは2.5m四方くらいの場所

久しぶりに鍬を持って、土を整える。

前日に切っておいたジャガイモを植えつけた。 全部で21個。

畑から帰宅後、勢いで、庭の夏ミカンも収穫。合計32個。 

去年までは、せっせとマーマレードを作ったけれど、喜んでくれる母はもういない。

今年はどうしようか・・・

フェルトマット

羊毛の繊維をからめて圧縮したものがフェルト。 このフェルト作りが最近流行っている。人気の理由の一つは、羊の原毛を糸にして編んだり織ったりしなくても、お湯と洗剤だけで簡単に形ある作品にできるからだろう。

「大きなフェルトマットを作ろう」と、卒業している手織り仲間からお誘いがかかり、昨日Nさんのお宅に集まった。 

使う羊毛はロール状態のコリデール

まず、テーブルの上に布団の圧縮袋を広げる。

その上に羊毛を広げて、厚さ、大きさを整える。

これを海苔巻状にくるくる巻いて圧縮袋に入れ、中で広げる。

少し熱めのお湯に洗剤を入れ、袋に流し入れる。

ジッパー部分をしっかり止め、ジッパーの反対側に小さな穴を開け、そこから掃除機で空気を吸いとる。 お湯が出そうになる直前で止め、ガムテープで穴をふさぐ。

4人で4隅を持ち、2人ずつ交代で袋を振る。 4角の1辺を20回ずつ、4辺を順番に振る。これを4セット繰り返す。

洗剤入りお湯が羊毛にしみ込み、振られることによって少しずつ縮んでいく。

しっかりフェルト状になったら、ぬるま湯で洗剤分を洗い流し、脱水、乾燥。

ハイ、あったかマットの出来上がり(80cm×110cm)

アンバランス

夫「家計簿の集計、まだ?」

私「えっ? まだよ。 私、3月末までにするって言ったでしょ? まだ1ヵ月もあるんだから・・・ちゃんとやるわよ!」

夫・・・不機嫌

私・・・もっと、不機嫌

普段は家計に一切無関心な夫が、突然昨年1年間の収支報告が見たいと言い出した。どうやら、完全リタイアになる4月以降の家計が気になりだしたらしい。年金満額支給まではまだ1年半もある。それまで、我が家の家計は一体どうなるのか・・・

「みんな何とかやってるんだから、何とかなるわよ。」と小さく呟く。

だが、しばらくの間赤字になるのは仕方がないとしても、支出の見直しは必要かもしれない・・・と、私も感じ始めている。

真っ先に見直し対象となりそうなのは、趣味の支出。

私の習い事・・・手織り・水泳・コーラス

夫の習い事・・英会話だけ

どう見てもアンバランス。

長い間働いてきて、ようやく自由になった夫は、これからもっと自分の好きなことにお金を使っていいはずだ。 

とすれば、私の分を削るしかない・・・

そろそろ決断しなきゃ。