“しあわせの国から”

夕べ、ブログ友達utaさんからメールが来ていた。

「BS観てる?スウェーデン」

メールをもらった時間は漢字教室ボランティアに出かけていて返信できなかったが、

もちろん観てるよ!

スウェーデンへ出かける前見られなくなっていたテレビは、帰国後すぐに買い換えた。

テレビをつけてしばらくしていきなり目に飛び込んできたこの画面

20110729a

これは絶対観なくっちゃ。テレビを買い換えて本当に良かったと思った瞬間だ。

毎日数時間分ビデオに録画。保存用ディスクも買ってきた。

20110729b

北欧の人々の暮らしを毎日テレビを通して観ている。

豊かな自然を背景に暮らす人々の落ち着いていて素朴でやさしい表情がいつも心に残る。

娘が嫁いだ国が、

孫が生まれた国が、

しあわせの国で

本当に良かった。

広告

透かし模様入り麻スクリーン

久々の作品

20110727a 透かし具合はちょうど

 

 20110727b 模様もまずまず

窓辺のスクリーンがいいかな?

いや、暖簾にしても素敵だろう。

いずれにしても

用途が決まるまで、長さ5mのこの布は切らないでおこう。

・・・さあ、最後の始末をしなくっちゃ。

貴重な時間

四国地方に大雨をもたらした台風6号はどうやら日本から遠のいたようだ。

再びあの夏空が戻ってくるのかと思いきや、今朝は曇り空でしかも非常に涼しい。

起きた直後は半袖では寒いくらいだった。

現在(10時半)

20110721 24度  ああ、涼しい・・・

なんだか嬉しくなってしまう。

こんな貴重な時間は無駄にはできない。

先ほど換気扇の掃除を終了。

さて、次は・・・・

やったー! 勝ったー!

バンザ~イ! なでしこJapan、バンザ~イ!

今朝3時半に起きて、試合を観戦。 

対スウェーデン戦は起きるには起きたものの、うつらうつら状態だったので、

夕べは9時に就寝した。おかげで、頭はすっきり状態。

試合はハラハラドキドキの連続。

でも何故か「勝利の女神」は日本を応援しているような気がしていた。

そして

やっぱり勝った。

20110718

瞬間、感動して泣けてきた。

そして、元気ももらった。

もらった元気で、早速庭の草むしりをした。

一人一人がもらった元気、集めるとかなり大きいぞ。

 

(撫子って英語で何て言うんだろう・・・と和英辞書で引くとpink。えっ? pink?

念のため英和辞書で引くとpinkの原義は植物の石竹・ナデシコと書いてあった。へえ・・・・知らなかった。)

夏のみかん

いつもは、ミカンの花が咲いた後せっかくついた実も、さくらんぼ位の大きさになるとぽろぽろ落ちてしまうのに、

今年は梅雨が短かったせいか、現在も実がたくさん残っている。

 20110717a

 20110717b大きさはゴルフボールほど。

このまま順調に育ってくれるだろうか・・・

昨年の春の収穫は20個、今年の春は30個。

来年40個目指して、がんばれ夏ミカン。

水泳も再開

帰国して1週間後、水泳を再開した。

しかし、1カ月も休むと身体の動きが悪いだけでなく、気持ちも縮みがち。

今まで参加していた「トレーニングコース」(ガンガン泳ぐ)はハードルがとても高く感じられ、

1~2週間は取りあえず中級レベルのプログラムで身体を慣らすことにした。

水の中での感覚が少しずつ戻ってくる。

そろそろ運動としての泳ぎができそうかな・・・・・

100%の自信はなかったが、昨日ようやくトレーニングコースに参加。

最初のうちはどうにかついて行けたが、中盤、案の定50m一本脱落。

1か月のブランク後としては、まあまあか・・・

20110716 

それにしても、泳いだ日はよく眠れる。

夕べももちろん爆睡!

一人歩き

6月の旅行を区切りに、手織り教室をやめた。

年金生活に入ったので、もう贅沢はできない。夫とのバランスも大切・・・と思っての決心。

10年以上通って卒業した先輩たちに比べると私が通った期間は約その半分だから

一人歩きはまだまだおぼつかないのだが、失敗を繰り返しながらやるしかない。

 

久しぶりに機織りを再開して早速その失敗に出くわした。

 20110715b 透かしの部分がどうしても膨らんでしまう・・・

強引に30cm織ってみたが、やはり気になる。

なんとか膨らまない方法はないものか・・・・ねじるのをやめたらどうなる?

20110715a うん、大丈夫そう。

一人歩きは失敗も多く時間がかかる。

が、この失敗、大切にしなくちゃ。

久しぶりの機織り

夫は昨日から富士登山にでかけていて留守。

久しぶりに一人っきりの夜を過ごし、静かな朝を迎えた。

現在午前9時半。

「暑い暑い」とつい口に出てしまう毎日だが、ここH市は海に近いせいか、午前中・夕方はひんやりした風が吹き抜ける。

家じゅうの窓を開けて風を通す。汗をかいている肌にひんやり風が当たり、す~っとして何とも気持ちがいい。

久しぶりに機織りを始めた。

201107130916

勘を取り戻しながらゆっくり進む。

旅行の余韻も少しずつ薄れ、もとの生活のペースが戻ってきたようだ。

Sweden 2011 part7 お別れ

とうとう帰国の日がやってきた。

午前中は冷静を保っていたものの、娘が駅まで送ってくれる車の中でやっぱり涙が出てきた。

「涙がとまらないよ。んもう、毎回でいやになっちゃうね。」と言いながら、止まらない涙を拭く私。

駅のホームで電車を待つ間、娘が

「別れがつらいのはどっち? 私? それともHiro?」と聞く。

娘は「Hiro」と答えて欲しかったのかもしれないが・・・

私は、「そりゃ、あなたよ。」と言ってしまった。 正直な気持ちだ。 

孫をそばであやしたり抱いたりすることがこの先当分できなくなる、と思うとさみしい気持ちがないではない。

でも、孫はあくまで娘たちが育てるのであって、我々は遠くで見守る存在・・・と最初っからブレーキがかかっている。

ところが娘に対しては、こんな風に冷静に考えられない。いざ、別れるとなると、18年間娘を育てた母性愛が急にもこもこ湧き出てきて抑えられなくなるのだ。 

この気持ち、わが子を育て始めた今の娘ならきっとわかってくれるだろう。

 

帰国後、今回の主役だったHiroの写真を何度もパソコンに映し出す。

20110628 その都度

モモちゃんの分までしっかり育ってくれることを祈っている。

Sweden 2011 part6 ショッピング

今回は何を買って帰ろう・・・使う度、あるいは目にする度にその時の思い出がよみがえるようなものがいい。

まず選んだのは

 20110625a 夫用に大きいマグカップ

morfar とは「母方のおじいちゃん」という意味。

  20110625cマリメッコのお店で見つけた買い物袋

震災へのメッセージが貼り付けてある。上3行はフィンランド語。正確ではないが、多分「親愛なる日本の皆様へ」って感じかな。

記念にと娘がお金を払ってくれた。

 

スウェーデンは「ゴットランド」という羊の産地としても有名。艶のある青みがかった灰色の毛が特徴だ。

婿殿の妹宅を訪問した時、見つけたゴットランドの毛皮

  20110625fスツールにふわっとかけてあった。いいなあ・・・

翌日、さっそくこの毛皮を売っているお店へ連れていってもらった。

 20110625g 20110625h 20110625i

値段は決して安くはなかったが、思い切って買った。

20110625d

ソファーにかけたゴットランドの毛皮

涼しくなるのを今か今かと待っている。

Sweden 2011 part 5 夏至祭

再びスウェーデンに戻り

孫に会う。

会わなかったのはたった5日だけなのに、随分しっかりしてきたみたい。我々が帰国した後、次に会えるのはいつだろう・・・きっと歩いてお話もできるようになってるね。

さて、スウェーデンでは6月25日(土曜日)は夏至祭。クリスマスに次ぐビッグイベントらしい。前日の金曜日、各地で夏至祭の伝統行事が行われるのだそうだ。その行事を見ようと、我々・娘夫婦と孫・婿殿の両親の総勢7人で郊外の海辺の村へ出かけた。

イベントが始まる前に、婿殿のお母さん手作りのピクニックランチを頂く。

赤いギンガムチェックはテーブル代わり。周りを囲んでみんなが座る。

お料理は、ジャガイモ・ニシンの甘酢漬け・パスタのサラダ・ソーセージ

そろそろ人が集まってきたようだ。

イベントはこの飾り付けたポールを建てるところから始まる。聞いたところによると、このポール、実は男性のシンボルなのだとか・・・母なる大地に突き刺す・・・だからなのか、このイベントは縁結びの意味合いも持つらしい。

伝統衣装を着た人々に混じって一般の人も踊りの輪の中に入る。

私もしっかり踊った。

スウェーデンを満喫する生活も残り2日・・・・そう思っただけで涙が出てきそう。

Austria 2011 part 4 5分5分旅行

ザルツブルグ2日目。

小雨がパラつき、風も冷く、天気はあまり良くない。が、貴重な時間を無駄に過ごすわけにはいかない。ザルツブルクカードも今日半日しか使えないので午前中回れるところは回っておこう、とまたまた旧市街地へ。

しかし、この日は日曜日。ほとんどのお店が閉まっている。有名観光地なんだから開けておけばお客は入るのに・・・というのは我々の感覚なんだろう。

細い通りに面したこの建物の4階でモーツアルトが生まれたのだそうだ。

ちょうどお昼頃だったので、我々、この中へは入らず、隣の建物のシーフードセルフサービスレストランで食事。

相変わらず飲み物はビール。

ミラベル宮殿・・・この地を治めていた教会の大司教が愛人のために建てた宮殿だとか。映画Sound of musicの中のドレミの歌を歌うシーンで使われたお庭だ。遠くに昨日訪れたホーエンザルツブルク城塞が見える。

さて、乗り放題カードが切れた午後は、我々としてはちょっと豪華に定期観光バスツアーで遠出することにした。行き先は岩塩抗。

そもそもザルツブルクとは「塩の城」という意味。周囲の岩塩鉱から産出される塩の取引で繁栄してきた街なのだ。

生憎、坑内は撮影禁止。

帰りに買った記念写真3枚組。このトロッコに乗ったり、滑り台を滑り降りたり、坑内の湖のような所を舟で渡ったり・・・なかなか面白かった。

岩塩抗に次いで連れて行ってもらったのはベルヒテスガーデンという町。ここはドイツに属し、美しい山々に囲まれた保養地。近くの山の頂上にはヒットラーの別荘もある。30分程の時間を与えられ、ガイドお勧めのレストランでまたまたビールを飲む。

ザルツブルグを堪能し、翌日はウィーンに戻る。

ウィーン西駅ではチャイナボックスとビールの昼食を取り、

駅近くのベンチでさわやかな風に当たりながら、しばし時間を過ごす。

いよいよオーストリアともお別れ・・・

空港の待合室・・・斜め前に座ったかっこいい男性に見とれて一枚。

そんなこんなで、夫婦のパックパック旅行は終了。

日本を発つ前、「オーストリアはあなたがリード役よ」と夫に頼んでいたことはすでに書いた。弱々しい妻が夫の後からいそいそと付いて行く・・・な~んて、やっぱり無理だった。

いざ旅行が始まると、夫にだけ任せておけない。いつの間にか、地球の歩き方を持ち、切符を買い、人に道を尋ねているのは私。とは言え、私も時折ちょいミスをする。夫はそれをカバーし、大きな失敗にはならずにすむ。

な~んだ、普段の我々のままじゃないか。

30年以上やってきた役割分担は、そう簡単に変えられないということか。お互いの得意分野を生かしながら協力し合って歩いていくのがベスト・・・・誰がリーダであろうと、5分5分で協力する気持ちが何よりも大切・・・・今回の旅で強く感じた次第でありま~す。

Austria 2011 part 3 ザルツブルク

オーストリア3日目午前中移動、午後ザルツブルクの予定。

朝早くウィーンのホテルをチェックアウト。ウィーン西駅(長距離列車の発着駅)へ向かう。

広い駅構内で切符売り場を探すため行ったり来たり。やっとの思いで切符を購入。ホームで列車を待つ。

左側のホームに入ってくるはずの列車を待っていたところ、近くにいたおじさんが「ザルツブルク?」と聞く。「Yes!」と答えると、右の列車を指さして「乗れ」と言う。えええー? 本当? 何度も手で「乗れ」と促され、発車寸前だったので、急いで乗りこんだ。 何をどう間違ったのか、ともかくこの列車がザルツブルク行きだった。

ホッとして荷物を棚に上げ、シートに座る・・・ゆったり広い・・・さすがヨーロッパ・・・と思っていると車掌が切符確認に来た。「ここは1等車だよ。差額を払いますか?」「すみません、移動します。」

2等車に移り車窓の景色を楽しんでいたところ、前の席に若いカップルが座った。男はヒッピー風。女はハスキーな声で時折携帯電話で何やら話している。そのうち、この二人、いちゃいちゃし出した。キスしたり、抱き合ったり・・・・まったくー・・・夫と私、苦笑い。

ザルツブルクに着いたのはちょうどお昼頃。

24時間フリー乗車切符(ザルツブルクカード・・・市内のバスが乗り降り自由で、市内の観光スポットのほとんどすべてに無料で入場できる)を買い、早速観光開始。

雨が降りそうだったので真っ先に旧市街地を一望できるホーエンザルツブルク城塞へ。

小雨の中精力的に旧市街地を見学。

いよいよ雨も本降りになってきた。お昼御飯を食べていないのでお腹もぺこぺこ。のどもカラカラ。

さてどこへ入ろうか・・・

ふらっと入ったカフェは「クラシック」という名前

モーツアルトの住居の1階にある。

まず、ビールとソーセージを注文。

その後、ミルクたっぷりのコーヒーも。

この日のホテルは古いペンション風。ベッドは木製。夜中夫が寝返りした際、「地震だ」と叫んでしまった。

一休みした後、再び出かけた。行き先は、娘の婿殿が推薦していたオーストリア最大級のビアホール。醸造所直営のビアホールだ。傘をさして、片手に地図。バスを2つも乗り継いで。

陶製のビアマグ(大きさは3種類。大きいのは1リットル入り)がたくさん並んだ棚から自分の好きなサイズを取り、お風呂の番台みたいな所で大きさに応じたビールの代金を払う。その奥のカウンターでビールを注いでもらい、ホールに行き自分の好きな席に座って飲む。建物の中には大きなホールがいくつもあり、どこも混雑していた。つまみはホールとホールの間の通路に小さなお店が並んでいて、ハム、ソーセージ、揚げ物など、好きなもの選んで買うシステム。日本のスーパー銭湯ならぬ、スーパービアホールって感じだった。

このビアホールに入る直前、実は失敗をしでかした。このビアホールとよく似た名前のレストランの看板が目に入り、「きっとここだろう」と入ってしまったのだ。テーブルにつき、お水が運ばれ、女性がメニューを持って来た。夫が「ここは醸造所ですか・・・?」と聞くと、「違うわ。それは隣よ」

「す、すみません。」謝りながら出ようとする我々に「黄色の大きな建物よ」と笑顔で教えてくれた。本当にごめんなさい。

地球の歩き方の地図だけを頼りの旅行にはこんな失敗はたくさんある。

ウィーンで散々歩いて探したインターネットカフェはもうその場所にはなかったし、ザルツブルクに着いた時、旧市街地へ行くつもりで全く逆方向のバスに乗ってしまったり・・・でも、このような失敗も思い返せば楽しい思い出の中に入ってしまうようだ。

Austria 2011 part 2 テクテクの旅

さて、ウィーンに着いた翌日。朝7時には行動開始。しっかり朝食を食べた後気がついたのだが、宿泊料金に朝食代は含まれていなかった・・・チェックアウト時一人15ユーロも加算されていた。

ホテルから中心部までは地下鉄で2駅。街の様子を頭に入れるため、中心部まで地図を見ながら歩くことにした。

歩く・・・歩く・・・ん?

自分のいる場所が地図のどこなのか、分からなくなった。

地図を持っているのは夫

私「誰かに聞いた方がいいよ」

私「ちょっと黙ってて」

私「ムッ」

その時たまたま通りかかった男性、「Can I help you?」と言ってくれた。

ああ、良かった。男は道に迷っても人に聞かないってほんと。

この日まず向かったのは世界遺産のシェーンブルン宮殿。8時半オープンを少し過ぎた頃着いたので、人の数は少ない。

館内の40室を携帯日本語音声ガイドを聞きながら回る。足が痛くなってきた。

さらに、正面に見える丘の建物まで歩いて往復・・・・ああああ、ますます足が疲れる・・・のどもカラカラ。

夫も私も、少々不機嫌。

こんな時は・・・・

電車で中心街へ戻って、立ち食いピザ屋でピザとビールを注文。

お互いの気持ちがまったりしてきたところで、中心街を見学。ウィーンのシンボルと言われているシュテファン寺院周辺では、コンサートチケットを売るモーツアルトがあちこちにいた。

ハプスブルク家の王宮の庭でサウンド オブ ミュージックの映画のシーンみたいに子供たち&先生のグループが歌を歌っていた。

有名ブランド店が軒を連ね、大勢の観光客がうろうろする中心街はいい加減に切り上げ、飲兵衛の我々が次に向かおうとしたのはホイリゲ酒場。

地球の歩き方によると、ホイリゲとは「今年の」という意味があるそうで、今年できたワインを飲ませる酒場が集まっている地区グリンツィングがウィーン郊外にある。地下鉄を1回乗り換え、さらに路線バスで5分。

しかし、酒場の営業開始は4時。まだ少し時間がある・・・・。

「その時間を利用してドナウ川のそばまで行ってみたい」と夫がいうので、地図を頼りに地下鉄にまたまた乗り込む。48時間切符のおかげでいちいち切符を買う必要がなく、地下鉄での行ったり来たりも苦にならない。

それにしても・・・ヨーロッパってどこもそうなのかどうかわからないが・・・どの駅にも改札口がない。車内でも滅多に車掌に出会わない。これじゃ切符なしでも平気に乗れちゃうよ。みんな正直に切符買って乗ってるのかなあ・・・多分、万が一見つかった時の罰金がものすごく高いのだろう。

←これがドナウ川。どうってことない、ただの川だった。川べりの芝生で時間をつぶし、再び電車にのりバスでホイリゲ酒場へ向かった。

ホイリゲ酒場が集まる地区。

我々はベートーベンが滞在し「第九」を作曲したと言われている家で、ホイリゲを味わった。

ワインの味?  ワイン通ではないので表現力が乏しく、おいしかったとしか言えません。

すっかりいい気分になり、明るいうちに中心街へ戻る。

さっき食べたワインとお肉とポテトでお腹はちょうどのはずなのに、何か物足りない。軽く何か食べたいね・・・と選んだのがシーフード料理のお店。

今日の締めくくりはボイル海老のマヨネーズ和えのような一品とビール。

ところで、驚いたことが一つ。

ホイリゲを出て、帰るバスを待っている停留所で、年配の婦人から声をかけられた。しかも日本語で。近くに住んでいて街へお買い物にでかける様子。娘さんがしばらく日本にいたことがあり、東京へも行ったことがあるのだとか。今は日本人の女性に日本語を習っているのだそうだ。

我々が「生まれたばかりの孫に会いに来たんです」と言うと、「おめでとうございます」とお辞儀をされた。

道に迷ったり、目的の場所がなかなか見つからなかったり、苦労の多いバックパッカーの旅だが、おもいがけない素敵な出会いがあると、うれしくなってしまう。

明日も頑張って歩こう!

Austria 2011 part 1 ドキドキ旅行

「今まで何度もスウェーデンへ行っているのだが、チケットはいつもスカンジナビア航空のサイトからダイレクトに予約購入していた。しかし今回は初めて日本の旅行代理店を通して購入。理由はスウェーデン往復料金でヨーロッパ内の一都市を往復できるからだ。 もちろんツアーではなく、単なる往復チケットのみ。英語圏以外の国で、誰のサポートもなしの旅行・・・・果たして大丈夫だろうか。

事前に「スウェーデンに関しては私がいろいろ準備するから、オーストリアに関してはあなた、お願いね」と夫にオーストリアでのリード役を頼んでおいた。

「地球の歩き方」を熱心に読む夫。念のため影でこっそり私も読んでおいた。

予定はウィーン2泊、ザルツブルグ2泊。身軽に行動できるよう荷物はリュックに。中高年バックパッカー2人の旅が始まった。

オーストリアエアラインの飛行機(コペンハーゲン空港)

ここで早速、ドキドキその1・・・・案内板に示されていたゲートが間違っていた。我々がそのゲートに着いた時、待合室にはすでに20人程座っていたのだが、出発30分前くらいから一人二人と待合室から出ていくではないか・・・・何かおかしい。夫に見てきてもらってやっとゲートが違うことが判明。出発30分前・・・・ヒェー。

ともかく無事にウィーン空港に到着。ここからホテルまで行く方法はリムジン・タクシー・鉄道、といろいろ選択肢はあるのだが、我々は一番安い鉄道を利用。

まず目的地までの切符を買わなければならない。ウィーンでは市内48時間乗り降り自由の切符が格安なので、それを購入したいのだが・・・。

ドキドキその2

「どこで買うの?」私  「どこだろう・・・?」夫

やっぱり・・・

こんな時は人に聞くのが一番。早速インフォメーションセンターへ行って聞く。

答えは「地下へ」とだけ。

あった、あった。これだよ。

しかし、買い方がよくわからない。

大学生らしい女の子がそばを通りかかったので、買い方を教えてもらう。

切符を買ってほっとしたところで、夫が「使い始めに日付をタイプしなくちゃだめだって、地球の歩き方に書いてあるぞ」

日本のように改札口もなく、駅員らしい人は全く見当たらない。ここでも人に聞くしかない。英語が通じそうな「大学生らしき」人を見つけて「Excuse me・・・」

日付をタイプする機械はこれ・・・・地球の歩き方には載ってません。

電車に乗ったのは午後8時半。しかし外はようやく日が沈み始めたころ。

途中の乗り換え駅でも手こずりドキドキその3。

目的駅に着いた頃にはもう真っ暗。広げた地図も見えにくい。人通りは少ない。必死でホテルを探し当てる・・・ドキドキその4。

ホテル到着 夜10時少し前。

「お腹すいたね。そう言えば、夕飯食べてないよ。」

周りのレストランはもう閉まっている。が、ホテルの真向かいに唯一「OPEN」のネオンサインが・・・。そして「Schnitzel」の文字も。

「オーストリアへ行けば「シュニッツェル」を食べなさい」と言う婿殿のアドバイスを思い出した。

主にテークアウトのお客を相手にしているそのお店に入ると東洋人らしき店員がいた。

「私、ベトナム人。どこから来たの? 日本? 私、日本人大好きだよ。」と片言の英語で閉店間際のお客にも関わらず、親切に対応してくれた。

「でっかいとんかつ」と婿殿が表現していたシュニッツェルは、あまりおいしいとは思えなかったが、部屋に備えてあったワインを飲み、オーストリアの地に足を付けた安ど感でその晩はぐっすり眠った。

Sweden 2011 Part 4 母からの贈り物

スウェーデン滞在中、私の姉からHiroへの贈り物が航空便で届いた。

女の子がいない彼女は娘を自分の娘のように可愛く思ってくれている。贈り物からも彼女の気持ちが伝わってきた。

バイリンガルで育つのだろうが、環境を考えると日本語は劣勢。それを補うためにと贈ってくれた数冊の絵本・・・是非活用してほしい。

送られてきた箱の中にはテディベアと金髪の男の小さなお人形も入っていた。

昨年亡くなった母の手作り作品だ。

母と再会したようで、思わず涙が出てしまった。

よかった。

あなたの思い、あなたの手からひ孫のHiroへ、確実に手渡されたよ。

Sweden 2011 Part3 アパート暮らし

海外に3週間滞在となると、ホテルではお金がかかり過ぎる。かと言って娘の所にやっかいになるのも何かと気を使う。

有難いことに、婿殿の両親が週末滞在だけのために所有している台所付きワンルームアパートを貸していただいた。

そのアパートは郊外の住宅地にあり、街の中心部に住む娘の所からは徒歩7~8分+バス20分ほどかかる。

毎朝10時ごろ路線バスで娘の住まいへ行き、夜9時か10時ごろ再びバスでアパートに帰るという生活。夜10時と言っても北欧はまだ薄明るいので、遅いという感覚はまるでなかった。

朝は、起きると海岸まで散歩するのが日課。

遠くにデンマークとスウェーデンを繋ぐ橋が見える。

白鳥の親子・・・母親は常にヒナのそばで見守り、父親は少し離れたところで周りを警戒。

肌寒く風も強いある朝のこと。海辺の公園で、水着姿で自転車に乗る親子とすれ違った。どこへ行くのかと振り向くと、遊泳スポットで自転車を止めたお母さん、バスローブを脱いでいきなり海に飛び込んだ。子供は少し躊躇している様子。長袖Tシャツに、厚手のパーカーを着ていてもまだ寒いというこの時期に・・・

散歩の途中、見かけたかわいい門扉。

よく手入れされた庭。家の中にいて庭の景色を楽しむというより、通りからの視線を意識したお庭。

バラが満開

前が2輪の3輪車。値段は結構高いそう。

散歩の帰りはいつもスーパーで朝食用に焼きたてのパンを買う。

ああ、なんだか外国に暮らしてるような気分。

Sweden 2011 Part 2 洗礼式

以前、娘の婿殿サイドの甥が洗礼を受ける際、娘がゴッドマザーとして洗礼式に立ち会ったという記事を書いたことがある。

ゴッドマザー、ゴッドファーザーの役割(両親にもしものことがあった場合、親代わりとしての責任を持つ)をあの時初めて知ったのだが、今回は、息子がゴッドファーザーの役割を与えられた。実際の洗礼式に立ち会うのはもちろん初めて。興味津津だ。

婿殿の家族は特に熱心なキリスト教徒ではないそうで、洗礼式と言っても、こちらで言うお宮参りのようなものらしい。

赤ちゃんには白いドレスを着せる(男の子でもドレス)。婿殿のお母さんが用意してくださったのは、婿殿のおばあちゃんのお兄さんが洗礼を受けた際着せられたドレスで100年前のもの。

ほとんどシミもなく、大切に保管されていたよう。ドレスが長いのは、末永く生きるようにという願いが込められているそうな。

なにしろまだ1ヵ月余りの赤ちゃん故、式の前におっぱい飲ませたり、おむつを替えたりの準備が大変。

息子の仕事は、器に水を注ぐこと。

その水を神父さんが赤ちゃんの頭に数回なでつける。(神父さんは、結婚式・桃ちゃんのお葬式にも立ち会って頂いたので、もう顔なじみ)

役割を終えた5人

帰宅後、ちょっとした家族パーティ。 お料理はケータリング。

締めくくりはケーキ

おめでとう”Hiro”