2014 お盆 そして 赤とんぼの会

いつものように、夫の実家のお墓参り(15日朝6時と決まっている)に合わせて、14日夕方帰省した。

15日朝6時

かつては「村」現在は「地区」にある家28軒のお墓は全部1か所に集まっていて、家族が夫々のお墓の前に集合。地区内のお寺の住職親子3代3人が来られ、お経が読まれる中、各家の先祖に感謝して手を合わせる。

夫の実家の大切な行事を無事済ませ、私は自分の実家へ移動。母のお墓参り、そして入院中の父を見舞う。

脳梗塞で倒れ意識のないままもう5年。

胃瘻のお蔭と言うべきか・・・・いや、父の生命力の強さか・・・

全く反応のない父親に対して、姉は「おはよう」「平塚から○○ちゃんが来たよ」と大きい声で呼びかけるのに、私は全く声が出ない。 ただ見ているだけの私のお見舞いは10分ほどで終わった。

それにしても、姉のように、父はさぞかし辛かろう、悔しかろう・・・・などと思いやる気持ちが、私にはあまり湧いてこない。父の反応がなくなった時から、私の「同情」するという心の働きもストップしてしまったようなのだ。

意識のないまま胃瘻で5年・・・・医療の進歩に潜む残酷な側面だと思いつつも、生きる力がある限りは・・・とただ見守るだけの家族。

人間の命のあり方を考えさせられている。

  • ☆ ☆

さて今年のお盆はお墓参りの他、私にとって大切なイベントが一つ予定されていた。

長年全く活動していなかった高校の合唱部OBたちの「赤とんぼの会」が数年前に集まって1泊合宿をしたのを切っ掛けに、2年前「ミニホームコンサート」をふるさとの町で開催。その後OBたちの「歌いたい」エネルギーは消えることなく、昨年の1泊合宿+公民館交流会(私は不参加)に続き、今年は母校の同窓会総会での演奏が計画され、私もこれには早くから参加を決めていた。

総会での演奏は16日午後。前日午後の練習と当日と合わせて2度学校へ出かけた。

卒業以来学校の校舎に入るのは初めてで、なんと46年ぶり。

懐かしい母校の校章

校歌が刻まれた石碑

前日の練習は総会会場になる創立100周年記念ホール(今年は創立120周年)

この施設は我々が在籍していたころはもちろんなかったので、懐かしさはゼロ。

しかし総会当日の練習場所になっていた音楽室は昔のまま全く変わっていなかった。昔も今もアルトなので、かつていつも座っていた辺りに座ると、気持ちはすっかり高校生になっていた。

いよいよ本番

本番で歌った曲は

  福野高校校歌

  ふるさとの空(新富山県民歌)

  赤とんぼ

  野ばら(ウェルナー)

  独楽遊び(ロシア民族舞踊)

  羽衣

  ふるさと(文部省唱歌)

メンバーの平均年齢は正確にはわからないのだが、私が下から2番目に若いのだから、65~70の間くらい?

しかし、全く年齢を感じさせない全体の声量に、歌いながらもゾクゾクしていた。

懇親会・2次会で聞かせていただいた先輩たちの合唱部にまつわる思い出話も大変興味深かった。

共有できる思い出がある、それを語り合える時間・空間があるとはなんと素敵なことだろう。

一度これを体験するとやめられるはずがない。

「赤とんぼの会」のエネルギーは使い果たすどころか、さらに増量したのではないだろうか。

次回は本格的コンサート?

当然でしょうね。

広告

2014 お盆 そして 赤とんぼの会」への3件のフィードバック

  1. 内容の濃い帰省だったんだね。
    そうか・・・いろうしているんだね、お父さん。
    母もそうだったけれど、意識はあったんだよね。
    あのどろどろした栄養分がすぅ~っと流れ込んでいく様子、忘れられない。
    命の選択は本当に複雑で難しい。

    赤とんぼの会、Yukoさん左から6番目だよね!
    素晴らしい団結力。
    当然コンサート決行でしょ!

  2. ピンバック: 赤とんぼの会コンサート 大成功 | Yuko's Diary

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中