市民合唱祭

今度の日曜日は「市民合唱祭」

自分が歌う2団体4曲は何度も練習してきたので準備OK。

だが、役員としての準備はいろいろあって、前日夜まで続く。

今日はお天気が雨ということもあって、朝からずっと家でできる準備にあてる。

役割名のカードをパソコンで作成。

20190228b

印刷して、首からぶら下げるホルダーに入れる。およそ40人分。

20190228c

合唱祭の準備は昨年秋から始まり、着々と進んできた。

準備には頭脳労働もあれば体力仕事もあるのだが、お互いの気遣いも大切な仕事。

本番、分単位で進行する舞台裏はみんなのチームワークが何より重要だからだ。

幸い、今年も何とか整いそう。

さあ、みんなが笑顔で歌って、滞りなく終われるよう、最後のひとがんばりだ。

20190228a

義父が逝く

昨年の夏自転車に乗った姿で驚かせてくれた夫の父親98歳が、先週亡くなった。

この冬猛威をふるっているインフルエンザに罹患し、肺炎を併発。たった一日の入院で帰らぬ人となった。

義父が亡くなる直前、すでに義母がインフルエンザで入院していて、70年近く人生を共にした義父と最後のお別れが出来なかったのはとても残念なことだった。

T家ではインフルエンザはさらに広がり、葬儀の準備で忙しくしていた義姉も通夜の前日発熱。家の中でとは言え、隔離状態になってしまった。

普段から頼りにならない我々次男夫婦。駆け付けたところで大して役に立たないことは義兄も十分わかっている。すべてはしっかりものの義兄の采配で、通夜も葬儀も滞りなく終わることができた。

義父の急逝は残念ではある。が、98歳まで長生きし、しかも直前まで元気でいられての旅立ちは大往生と言うべきか。

通夜・葬儀の一連のセレモニーはしめやかに行われるものの、その後の会食の席では、家族・親戚のみのせいか、とても明るく賑やかだった。滅多に会えない親戚との会話も弾んだ。

富山は雪が少ないとは言え寒い。太平洋側の寒さとは比べ物にならないくらい寒い。北陸の冬はつらい、きつい、暗い・・・

だが、北陸の人間は明るい。厳しい寒さを吹き飛ばすくらい優しく明るい。

その明るい性格の私、実は、今回死ぬまで言われ続けるだろう失敗をやらかした。

通夜の最後、義兄が喪主の挨拶に立った。

「98歳という年齢での旅立ち・・・笛や太鼓で、とまでは言いませんが、あかるく送りたいと思います」とおっしゃったらしい

が、私には「あ」が抜けて「かるく送りたい」と聞こえた。でもとてもいいご挨拶と思ったので、通夜の会食の席で、

「お義兄さんのご挨拶はとてもご立派でした。”笛や太鼓でとまでは言いませんが、かるく送りたい・・・本当にそうですね」と私が聞いたままを言った直後、

「ええっ? Yukoさん、耳が遠くなったがけ(富山弁)?「軽く」なんて何てことを!「明るく」と言ったんだ。」とお義兄さん。

あちゃ~、これは一生言われるなあ・・・

翌日の葬儀後、義兄に「あの話、落語のオチとして使わせてもらうから」と言われ、ちょっとだけホッとしたのだが・・・。

来月末、49日の法要で再び富山へ行く予定。

今度は失敗しないよう、耳をダンボにしていよう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

北陸新幹線の車窓から見た冬の剣岳↓

20190215_112433

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リトアニアの歌を歌う夢

バルト海に面したエストニア・ラトビア・リトアニアを通常バルト三国と言う。

このバルト三国、とりわけリトアニアが、今私の中で熱い。かなり熱い。

きっかけは、先日NHKBSで放送された「ラトビア100年物語~歌と踊りでつないだ誇り~」という番組。

番組紹介記事:バルト三国の1つラトビアで5年に1度開かれる、「歌と踊りの祭典」(世界無形文化遺産)。幾多の戦争や大国の支配を経験し、大きな歴史の渦に巻き込まれながらも、ラトビアの人々は、独自の歌と踊りで民族のアイデンティティーを守り抜き、ついに独立を勝ち取った。2018年7月、建国100周年を記念し開催された、史上空前規模の「歌と踊りの祭典」を中心に、ラトビアの波乱の歴史を紡ぐ“大河ドキュメンタリー”である

何万人もの人が一堂に集まり、声を揃えて合唱する・・・ゾクゾクするような光景だ。

早速ググってみた。

合唱の祭典は、ラトビアだけでなく、エストニア(5年に一度)、リトアニア(4年に一度)でも開催されている。バルト三国は合唱の国なのだ。

ん?

リトアニアと言えば・・・オリンピックパラリンピックにおけるリトアニアのキャンプ地はなんと我がH市ではないか!

数年前から市のお知らせなどで「事前キャンプを行った」「〇〇学校で選手たちと児童生徒が交流した」など、リトアニアの名前を頻繁に聞くようになってはいた。

だが、正直「関係ない」と思っていた。

でも待てよ

リトアニアとH市ではなく、リトアニアと我々合唱人とが繋がるかもしれない。

リトアニアの合唱曲を歌ってみたい

ということは、これはもしかして、合唱連盟の事業の中に入れることができるかもしれない。

そうだ、来年の「星空のレジェンド」公演の第一部に、リトアニアの国歌・合唱曲をお客様に紹介したらどうだろう・・・・

次々と湧いてくるイメージで熱くなる頭を冷やしつつも、「うまくいきそう」な予感。

つい先日、来年の第6回公演について話し合われる会議で恐る恐る提案してみた。

「来年は少し休みたい」という意見が半数もある中で、この提案を説明したところ、なんと少しずつ風向きが変わりだし、休みたい意見はいつの間にか消滅。「いいじゃない、この案」となった。

会議中、同席されていた指揮者N先生の「知人がリトアニアで楽譜出版の仕事をしている」発言も追い風になったことは間違いない。

さらに、この会議後、会議には出席できなかったHさんから、妹が昨年リトアニアで合唱交流をし、その際歌ったリトアニアの国歌などの楽譜を持っている、との情報が寄せられた。

繋がる糸がだんだん太くなる。

”リトアニアの歌を歌う”夢の実現まではまだまだ越えなければならない山がたくさんあるだろうけれど、今のワクワク感が支えてくれそう。

そして

昨夜久しぶりに夫と外食。

この”リトアニアの歌を歌う”夢の経緯を説明すると、

夫が「じゃあ、今度行くのはリトアニアに決まりだね」と。

帰りがけ、本屋で早速購入。

img_0578.jpg

リトアニアはコペンハーゲンから飛行機で1時間半。

娘の住むスウェーデンマルメからは、海を挟んで目と鼻の先。

さあ、リトアニアについてもっとリサーチしよう。

残り物で

かつてパッチワークに熱中していた。

使い古した布を繋ぎあわせて作る美しさに魅かれた。

最初から計算して作り出す美しさとは違う、布と布の偶然の出会いが生み出す美しさに。

残り物と言えば、毎日の食事の支度時にもよく口に出る言葉。

「ごめん、今日は残り物でいい?」

買い物に行く時間がない(or 行きたくない)・・・ので、まずは予防線を張る。

そして冷蔵庫の残り物をチェック。

とりあえず、あるもので、チャチャッと作る。

あれ~、いつもより皿数が多い。しかも美味しそうなものばかり。

な~んてことがよくある。

今回、それを狙ったわけではないのだが・・・

残り糸を片っ端から経糸に整経。

img_0569

青畳色の糸はマリアのジャケット、茶色の糸は私のコート地

青色は孫のジャケット、赤は同じく孫のコート地

思い出の糸の大集合だ

20190201_104302

わっ、

残り物とはとても思えない!